Sound & Silence

本多重夫の音楽、オーディオ、アートなどについてのプライベートブログ

Script of The Bridge / The Chameleons - 音楽と共に老いていく幸福なノスタルジア

この1983年にされたアルバムのことはつい最近まで全く知らなかった。The Chameleonsは英国マンチェスター北部で絶大な人気があったローカルバンドだったらしい。マンチェスターといえば、Joy Divisionを擁したFactoryレーベルの本拠地でもあり、僕も当時多くのニューウェーブバンドを聴いていたがこのChameleonsのことは聞いたり読んだりした記憶がない。

このアルバムを知るきっかけは、ちょっとメランコリックなところがあるフランスのメタルバンド、Alcestのメンバーが好きなアルバムに上げていたこと。彼曰く、「楽曲も良く、シューゲイザーの先駆的なサウンドで、売れなかったのが不思議でしょうがない、メンバーのルックスのせいだったかな」と。また別のところでは、Chameleonsの楽曲がいかに米国のグループ、Interpoleで引用されているかが説明されていた。

それで興味が湧いて聴いてみたのがこの『Second Skin』という曲の1985年のビデオ。メンバーに飾り気はまったくなく、自分達の音楽に向かう直向きな姿勢が、あの時代らしい。ツインギターのサウンドは確かにシューゲーザーの原型かもしれない。

歌詞も十代から二十代の若者の現実に対する不安や葛藤をテーマにしたもので、当時の同年代からの支持されたことも納得できる。

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誰かが耳元でささやく
このファンタジーは君のもの
この1年だけのファンタジー

僕の目の前で全ての人生は変わり
彼がいったことが本当に思えた
僕は自分の殻を脱いで別の姿になり
その裸の姿で震えていた

思いきって外へ出ると
聞き覚えのあるメロディが頭の中で静かに鳴っている
彼は言う
振り返って微笑みながら言う

この奇跡はもうすぐ終わる
このメロディは君のために
この奇跡はもうすぐ終わる
このメロディは君のために

でも、それが夢の本質なんだろうか?
それが夢の本質なんだろうか
自分がまるで宙に浮かんでるように感じるのも不思議じゃない
自分がまるで宙に浮かんでるように感じるのも不思議じゃない

彼らは一度スティーヴ・リリーホワイトをプロデューサーに迎えてシングルを録音するが、どうもレーベルやプロデューサーと衝突があったようで、自分達の音楽を貫くために地元マンチェスターのマイナーレーベルと契約してアルバムをリリースすることになる。それが1983年にリリースされた『Script of the Bridge』。『Second Skin』を含む12曲が収録されている。僕はリマスタリングされてLP2枚組みとなった2012年の再発盤をAmazonで最後の1枚を入手。なんだかAmazonで在庫の最後の1枚のレコードを買うことがすごく多い気がする。慢性的にトレンドから遅れているから(あるいはトレンドと無縁だから)かな?

プログレバンドみたいなイラストのアルバムカバーもちょっとソフト過ぎたのかもしれない。同じマンチェスターのJoy Divisionみたいなカバーデザインだと随分違っていたかも?

『Don’t Fall』から始まるどの曲も、ツインギターの重送的なメロディと少し甘いボーカルが彼ら独自の音楽世界を作っていて、フレッシュながら完成度の高いデビューアルバム。今、同じ内容で録音し直しても通用しそう。初期のUltravoxがそうだったように少し時代に早かったのかな。彼らは3枚のアルバムをリリースして活動停止となる。その後、2009年にベース&ボーカルのMark BurgessとギターのReg Smithiesの二人が中心となって The ChameleonsVox の名前で活動を再開する。

The ChameleonsVoxとしてのこの2019年の地元マンチェスターでのコンサートの様子を見ると、彼らがいかに愛されたグループであったかが分かる。曲は同じ『Second Skin』。画面を大きくして見てほしい。

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1983年にこの曲を聴いた若者の多くは今や60歳代だろう。そのオーディエンスが40年前と同じようにジャンプして曲を一緒に歌う。それも一部ではなくずっと歌う。ジャンプして踊り、おぼつかない足取りで倒れても仲間が起こしてくれて、また踊って歌い始める。完全にこの歌が人生の一部になっている、なかなか感動的なライブ映像。

人生にさまざまなことがあり、年齢を重ねて老いていく中で、音楽が鳴り響く。彼らにとっては最後の日まで鳴り続く音楽なのだろう。

この奇跡はもうすぐ終わる
このメロディは君のために

音楽と共に老いていく幸福なノスタルジア。

僕にとってそれは何の曲なんだろう?  Robert Wyattの『Sea Song』なんだろうか? 

Script Of The Bridge (Live)

Script Of The Bridge (Live)

Amazon

ウエスタン・エレクトリックのスピーカーケーブルを聴く - あるがままに音楽を聴かせる不思議なケーブル

Western Electric(ウエスタン・エレクトリック)のスピーカーケーブルの話。ウエスタン・エレクトリックのビンテージケーブルというのは、一部では絶対的な支持があり、カルトアイテム的な印象を持っていた。

ウエスタンエレクトリック社は1869年に電信設備の企業としてはじまり、その後は電話設備を手掛け、さらには映画が無声映画から今と同じサウンド付きのトーキーとなった時代には映画館や劇場向けのホーン型スピーカーや真空管アンプによるサウンドシステムの手がけるなど、一貫して音声通信、音響設備を手掛けている。当時については以下の記事に簡潔にまとめられている。

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つまり、電話などの音声通信と映画という声のリアルさと効果音や音楽をいかにダイナミックに鳴らすか、そして設備としての耐久性に注力していた企業と言えそう。ウエスタンエレクトリック社は後にAT&Tに買収されてその1部門となる。近年、ウエスタン・エレクトリック社(ブランド)は米国で復活して300Bなどの高級真空管の製造などを再開している。

いろいろあるウエスタン・エレクトリックのケーブル

ウエスタン・エレクトリックのケーブルは、1950年代からのオリジナル線、復刻版、あるいは昔の電話設備から外されたエナメル線などなど、ろんな種類が流通していてる。より線もあれば単線もあって、価格も数百円のものから数万円まで幅広い。スピーカーケーブルだったりRCAケーブルだったり、使われ方もいろいろ。

今回、ウエスタンのスピーカーケーブルを試してみようと思ったのはこの370円/mというお手頃価格のものをAmazonで見つけたから。説明にあった1980年代製造のビンテージケーブルというのも気になったし、形状が細い単線であること。より線でない単線のケーブルにも興味があった。考えてみれば、今のように高価なスピーカーケーブルが登場する前にオーディオ用で一般的に使われていたのは電力用の単線のキャブタイヤケーブルだった。

細い針金のようなケーブルで、少々不安になる

それで370円/mのウエスタンのスピーカーケーブルを4m分購入。届いたケーブルは、ケーブルというよりも細い針金のようなもので、価格も太さも10倍以上の現在のケーブルと比べて、これで本当に大丈夫なのか不安を覚える。

ただこのケーブルをよく見ると凝った作りになっていて、表面はビニール系の素材だが、中の芯線の周りももう一度紙か布のようなものが巻かれている。芯線が細いこともあって、ニッパーで芯線を剥き出すようはことはできず、りんごの皮の剥くようにカッターで表面をゆっくりこそぎ落としていく。

フルテックのロジウムメッキのYラグまでつけた現状のCHORDのスピーカーケーブルと比べると、とても貧弱にしか見えない。

まあ、布や紙の素材というは静電気に帯電しないので、信号線としては理にかなっているかもしれない。芯線は銅の上に錆防止しですずメッキがされていて、これをヤスリで剥がして銅の表面を出すか迷ったが、とりあえずそのままの状態でアンプとスピーカーに繋いでみる。

ウエスタンのケーブルの愛好家が「生っぽい音」と言う意味が理解できた

使っているMarantzの1977年製のパワーアンプはプッシュ型のスピーカーターミナルなので、こんな風に細いケーブルがマッチする。プリアンプのMarantz #7は1960年ごろの製造、スピーカのTRIO LS-1000は1981年製なので、みんなビンテージ。

細いけど柔らかいケーブルではないので、ケーブルの置き方を考えながらアンプとスピーカーに接続する。音を出してみたところ、あまり変な音ではないので一安心。最初は出音が小さかったり、低音の伸びがよくなっかりしたものの、中域から高域に独特の艶がのっていることに気がつく。このまま鳴らし続け様子をみることに。

(ビニールのスパイラルが巻いてあるのは猫の噛みつき防止用)

数日経過すると、中域から高域に独特の艶があるのはそのままに、低域も伸びてくる。ただかなりタイトな低域で音の伸びよりも動きがよくわかる。CHORDのケーブルのような高域から低域までのワイドなレンジの広さはなく、また細かい音まであまなくに出すようなところもない。CHORDのケーブルのようなハイファイ調のところは皆無。ただこのウエスタンのケーブルが音数が少ない訳ではなく、耳をすませば細かい音も出ているのがわかる。

説明が難しいが、ウエスタンのケーブルだとその音楽の中心要素にフォーカスがあり、それ以外の要素は一歩下がったところにある。メリハリがあるとも言えそうだし、音楽のプロポーションの描き方が上手いとも言えそう。ただハイファイとは違う方向なのは確か。ジャンルを問わず音楽はとても活き活きとなる鳴る僕が好きな方向性。これならウエスタンを信奉する人たちの気持ちもわかる。

これは推測だが、先に触れたように電話や映画の音響用として再生周波数帯域を広げるよりも音声の明瞭度が優先されたことが影響しているのだろう。それがビンテージものや真空管アンプにマッチして相乗効果となるのでは。

クラシックを聴けばコンサートホールっぽい感じがするし、ロックならPAっぽい鳴りっぷり、ジャズだとクラブっぽくなる。僕らがライブで聴いているのはその空間でデフォルメされた音を聴いているわけで、このケーブルを生っぽいと感じるのはある意味、デフォルメされた音に騙されているんだろう。それはスピーカーで音楽を聴く時に限ってだが。

デジタルもアナログっぽく

このウエスタンのスピーカーケーブルで面白いのはCDやストリーミングのデジタル音源もアナログっぽい表現になること。ケーブル自身の色付けはほとんどなく、ソースの音をそのまま出してくる感じ。それでも音が濃過ぎる感じがしたので、DAC2000で使用していたZONOTONEの電源ケーブルは外して元の標準電源ケーブルに戻す。ZONOTONEの電源ケーブルのように音にキャラクタを乗せる傾向があるケーブルだとそれが出過ぎるのだろう。付属の電源ケーブルが自然に聴こえる。物足りなさはない。

レコードをあれこれ聴く

Tony Conrad with Faust/Outside the Dream Syndicate
Tony Conradのバイオリンによるドローン演奏とFaustのリズム隊の共演によるドローンミュージックの先駆的作品。バイオリンとドラムの前後の位置やバイオリンの音のレイヤーがリアル。ドラムは革のはりや振動が目に見えるよう。催眠的なようで実は覚醒的。単調なのにあっという間に感じる。英国盤は優秀録音盤でないか。

CCR / Green River
1曲目のギターのリフがリアル。ギターアンプが目の前で鳴っているかのよう。力むとダミ声になるJohn Fogertyのボーカルが生々しく、いかにもバンドっぽくライブ感がある。泥臭いロックのようでいて、実は本人たちはあえてそういうスタイルでやっていることがわかる。

Manuel Gottsching / E2-E4
ジャーマンミニマルアンビエントの代表作。Manuel Gottschingのギターはもちろんいいのだが、リズムやシーケンサーの空間的な広がりが見事。実は細部までしっかり再生されていることがわかる。このケーブルはリズム感がいいかもしれない。

Savages / Silence Youself
英国の女性4人のグループの2013年のファースト。ハードでエッジーなサウンド、特にギターの表現力が高く、決して弾き過ぎず、抑えた深みのある演奏でフィードバックを多用しながら曲に表情を付けていく。一方、ベースはダイナミックに動き、曲を引っ張っていく。ドラムとベースのコンビネーションが際立つ。2枚のアルバムで活動を停止してしまったのは残念。

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そんなこんなで試しに買ってみたウエスタンのスピーカーケーブルはそのまま使ってみることに。決してワイドレンジでハイファイではなく、また単なるレトロではなく、音楽が音楽らしく鳴るちょっと不思議なケーブルだった。

STERLING刻印とMASTERDISK刻印の話 - カッティングによるアナログレコードの音の違い

アナログレコードのレーベル面がある内側の無音部分(ランアウトとも呼ばれる)には、そのレコードに関する情報が刻印されていて、コレクターや音の良いレコードを探す人にとっては重要な情報源となっている。それはレコードが制作されるプロセスとも密接に関係している。有名なのがマトリックス番号と呼ばれるもので、マスターテープからカッティングされた世代を示している。この番号が小さいほど、「元の音情報に近い」ということで中古市場で高い価値があるものとなる。

STERLING刻印やMASTERDISK刻印とは何か - マスタリングスタジオの役割

マトリックス番号ほどではないが、気になるのが、STERLING刻印やMASTERDISK刻印と言われるもの。主に米国、カナダの北米で製造、流通したレコードに刻印されている。これはSterling Sound社やMASTERDISK STUDIOS社といった独立系のスタジオでマスタリングされたことを表しているが、まずはそのマスタリングスタジオの役割を知っておく必要がある。

アーティストやプロデューサーがアルバム制作を終えると、最終的な完成品の「マスターテープ」ができ上がる(デジタル録音ならデジタルデータファイルとして存在する)。「マスターテープ」があるだけでは商品として流通、販売することはできないので、それをレコードやCD、あるいはデジタルダウンロードやストリーミングなどの販売チャンネルに応じたメディアやフォーマットに変換しなくてはならない。

レコードならカッティングを行うし、CDなら44.1KHzにダウンコバート、ダウンロードなら192KHzのハイレゾフォーマットへ変換、Apple Musicなどのロスレスストリーミング向けにはその特性に応じた最適化を行う。こうした処理はレコード会社やレーベルのインハウスでも行えるが、アーティストやプロデューサーの意向によっては、音質的に特色があり優秀なエンジニアがいる外部の独立系のマスタリングスタジオが利用されることになる。こうしたマスタリングスタジオは1970年代から存在していて、アナログレコード向けのマスタリング処理やカッティングを行い、その盤面にスタジオ名が刻まれている。

STERLING刻印やMASTERDISK刻印があるレコードは音が良いと言われるのは本当なのか?

STERLING刻印やMASTERDISK刻印があるレコードは音が良い、というのが通説になっているが、実際はどうなのだろう? 「良い音」というのもずいぶん主観によって違いがありそうだが、前記したマスタリングスタジオの役割などから考えてみると、次のことは言えそうだ。

  • マスターテープのサウンドをレコードなどの配布メディアに収めたときに、そのマスターテープのサウンドをできるだけ失わないようにカッティングされていること
  • 民間向けの一般的な再生装置でも十分な再生音質になるように考慮されていること
  • マスタリングスタジオ名の刻印があるレコードは、初期に生産されていること(カッティングマスターを経てのスタンパーで製造できるのは数万枚程度らしい)

など、上記のことからも「マスターテープに近い音」が聴けることが期待できる。それで、自分のレコードラックをチェックしてみたところ、いろんな刻印があるものが数十枚あったので改めて、SHUREの初期型V15 TypeIIIやM44Gのカートリッジで聴いてみた。

STERLING刻印のレコードの音は? - 品位が高く、美学的

Sterling Soundでマスタリングされたアナログレコードは1970年頃から現在でも存在するし、アーティストの幅も広い。それだけ信頼されているマスタリングスタジオなのだろう。それにオリジナルのリリースだけでなく、リマスタリングや重量盤での再発のマスタリングなど多岐に及んでいる。

音質について書くなら、本来は同じ米国盤でSTERLING刻印の有無で聴き比べをしたいところだが、刻印をチェックしていたときにB面だけがSTERLING刻印のRoy Bchananのファーストを見つけた。おそらくレコードがたくさんプレスされる過程で、A面とB面のスタンバーのセットが何かの事情ではぐれてしまったのだろう。なのでA面はレコード会社などでのカッティングで、B面がSterling Soundのカッティングとなる。これで聴き比べてみる。

もともとRoy Bchananのファーストはすごくシンプルな録音で、無刻印のA面でも普通に彼のテレキャスターからのブルースフィーリングが十分伝わってくる。それがSTERLING刻印のあるB面になると高音のクリアさやベースの深みがましてくる。ワイドレンジで音の鮮度が高く、テレキャスターの音もいかにもテレキャスターらしいリアルさが増してくる。これがSterling Soundの成果なのだろうか。

次にKing Crimsonの『Island』を聴く。King CrimsonだけでなくBrian Enoなど1980年代の『Edition EG』シリーズで再発売になったアルバムにはSTERLING刻印が多く、狙い目かもしれない。この『Island』はカナダ盤でハーフスピードカッティングされているという話を聞いたことがあるが、その真偽は不明。音質はこれもクリアで温かみがあり、ボズ・バレルの声も肉感的でリアル。もともと派手なアルバムではないが、非常に品の良いまとまり方をしている。英国オリジナル盤は聴いたことがないが、日本盤よりもはるかにこのアルバムの雰囲気が的確に捉えられているように感じる。高価なオリジナルでなくてもこの『Edition EG』シリーズの再発で僕は十分に堪能している。なお、STERLING刻印の「STERLING」の文字は時代よってサイズや文字間隔は変わっていく。

次はVan Der Graaf Generatorのライブアルバム『Vital』。ロンドンパンク全盛期の1978年1月のマーキークラブでの演奏をそのまま収録した2枚組。『Vital』というタイトル通り、プログレバンドでありながら、その時代の空気を十分に吸い込んだものすごくアグレッシブな演奏で、King Crimsonの『Earthbound』を凌駕し、PILや『Black & White』期のStranglersに近いものを感じさせる。プログレッシブであることが時代の最前衛であることを実証して、時代に呼応してみせたインテレクチュアル パンク アルバム。

さて、そのライブのエネルギーに溢れる演奏をレコードにどう封じ込めるかが課題となるが、ここでは「エネルギーは損なわずに破綻はさせない」というギリギリのアプローチをしたように思う。アグレッシブでありながら、ボーカルや楽器の分離は明快で、それでいてバンドの一体感を損なっていない。荒々しいが美的というマスタリング。

David Crosbyの『Here if you listen』は2018年のアルバムで、1971年の『If I could Only Remember My Name』を継承するようなサウンドを聴かせる。楽曲、演奏、歌のどれもがバランスよく、静的でありながらメッセージ力ある音楽となっていて、録音も極めてクリアで分離がよい。

ここでもSTERLING刻印のスタイルは健在。品が良くて美学的、ワイドレンジありながらそれを強調することなく、アコースティックな響きと歌声を美しくまとめ上げている。オーディオ的な完成度も高い。

その他、所有しているSTERLING刻印のレコード以下の通り。

  • David Crosby / Here if you listen
  • Ric Ocasek / Btutitude
  • David Bowie / Diamond Dogs
  • David Bowie / Blackstar
  • Robert Plant / Shakin’n Stirred
  • Lou Reed / Street Hassle
  • Lou Reed / Take No Orisoners
  • Steve Hunter / Swept Away
  • King Crimson / Island - Edition EG
  • Brian Eno / Another Green World - Edition EG
  • Brian Eno / No Pussyfooting - Edition EG
  • Brian Eno / Music for Films - Edition EG
  • Duncan Brown / Street of Fire
  • Andy Summers / xyz
  • Stone The Crows / Teenage Licks
  • Peter Hammill / Sitting Target
  • Van Der Graaf Generator / Vital - live
  • Renaissance/ Live at Carnegie Hall
  • John Cale / Slow Dazzle
  • John Cale / Honi Soit
  • Captain Beyond / Sufficient Breathless
  • Free / Heartbreaker
  • Mountain / Nantuket Sleighride
  • West, Bruce & Laing / Why Doncha
  • West, Bruce & Laing / Whatever Turns You on
  • Bruford / One of a Kind
  • Jimi Hendrix / Axis Bold As Love - 重量盤再発
  • Jimi Hendrix / Live At Filmore East - 重量盤再発
  • Roy Buchanan / 1st
  • Spooky Tooth / The Mirror
  • Bedlam / 1st
  • Donovan / Cosmic wheels
  • Main Horse / 1st
  • Group87 / 1st
  • Tim Buckley / Lorca
  • Fleetwood Mac / Penguin
  • Marianne Faithfull / Broken English
  • John Mclaughlin / Explosion
  • Focus / Focus3
  • John Mayall / Moving On
  • John Mayall / Empty Rooms
  • Eagles / Hotel California

MASTERDISK刻印のレコードの音は? - 音の密度が高い

MASTERDISK刻印は、MASTERDISK STUDIO社でマスタリング、カッティングしたレコードに刻まれている。MASTERDISKのみのときもあれば、MASTERDISKに加えてエンジニアのイニシャルも刻印されているものもある。

拙宅ではSTERLING刻印ほどの枚数はないが、1970年代後半のVan Der Graaf Generatorのスタジオアルバム2枚がMASTERDISK刻印だったので改めて聴いてみた。『World Record』は1976年のアルバムで、初期からのラインアップでの最後のアルバム。

音質的には『Vital』のようなワイドレンジで鮮明で分離のよい方向とは違い、一定のレンジの中で音楽を密度高く表現している印象。音の密度が高い分、ダイナミックなところがあり、ある程度大きい音で再生したときに真価を発揮して、スリルのある演奏が聴ける。いかにもロックっぽいとも言えそう。

手持ちの他のMASTERDISK刻印のアルバムも同じ方向性。あと意外とマイナーなアルバムがあって、『 No New York』のハイエナジーな演奏をレコードに閉じ込めたはMASTERDISKならではの手腕か。SuicideのキーボードのMartin Revのファーストの密度の高い空間性もいい。

所有しているMASTERDISK刻印のレコード以下の通り。

  • Van Der Graaf Generator / Godbluff
  • Van Der Graaf Generator / World record
  • David Byron / Take No Prisoners
  • Kieth Emerson with The Nice / 2LP Best
  • No New York / No New York
  • Martin Rev / 1st
  • Marianne Faithful / Strange Weather
  • Kraftwerk / Autobahn

その他のマスタリング刻印

手持ちのレコードの刻印をチェックしている時に他にも色々な刻印があることがわかった。

MASTERED BY CAPITOL刻印
これはCapitol Studio でカッティングされたレコード盤に刻まれる。Be Bop DeluxeやParisの米国盤やYESのサードの重量盤再発などがそうだった。一聴して感じることは、左右のステレオ空間が広いこととサウンドの効果が明確に表現される。

Be Bop Deluxeでは、全体に軽くフェーザー処理が入る音の動きが顕著。モダンロック、デジタルロックのイノベーターだったこのグループの音楽性が明確に伝わってくる。YESのサードアルバムは180g重量盤での再発。これも左右のステレオ空間の音の移動と広がりがあり、リバーブがかかったSteve Howのギターがサウンドステージに浮かび上がってくる。MASTERED BY CAPITOLは空間表現に長けているようだ。他にはこんなレコードがあった。

  • Be Bop Deluxe / Futurama
  • Be Bop Deluxe / Sunburst Finish
  • Be Bop Deluxe / Modern Music
  • Be Bop Deluxe / Drastic Plastic
  • Bill Nelson / Sound-on-Sound
  • Robin Trower / Days of The Eagle
  • Paris / Paris
  • Paris / Bigtown 2061
  • Yes / Yes Album - 重量盤再発

Mastered by Truetone刻印
Truetone Mastering Labs によるカッティング。Tangerine Dreamのライブアルバムしか手元になかったが、同タイトルのCDと比べてもワイドレンジでクリア。ライブならではもリアルな雰囲気が感じられる好アナログマスタリング。

MASTERED BY ALLEN ZENTZ L.A. CALIF
これも一枚だけ。元King Crimsonのドラム、Bill Brufordの1980年作『Gradually Going Tornado』には、「MASTERED BY ALLEN ZENTZ L.A. CALIF.」の刻印が誇らしげに入っていた。 刻印の通り、ロスアンゼルスにスタジオを構えるAllen Zentz氏によるマスタリングとカッティング。Discogsの資料を見るとQueenやKissなども手がけているようだ。

音はBrufordのドラムがシャープで彼独特のアタック感が強めで、全体にクリアでフレッシュなサウンド。いかにも1980年代のトレンドを感じさせるフュージョンぽさもあるジャズロックアルバムに仕上がっている。

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こうした聴いてみると、各マスタリングスタジオの特徴がわかって興味深かった。オーディオ的に音質が良く、品格があり美的にまとめるSTERLING、音楽のエッセンスを凝縮してパワーで聴かせるMASTERDISK、サウンドの空間処理に長けたCAPITOLなどなど、どこも個性的でアナログレコードの奥深さを感じさせてくれる。

やっぱりアナログレコードは面白い。

学芸大学「サテライト」へ久しぶり出かけて中古レコードをいろいろ買う - David Cross, Michael Hoenig, Codes In The Clouds, Steve Marcus, Michael Mantler, Olivier Messiaen

これまで何度か書いたことのある学芸大学にある街の中古レコード屋さんの「サテライト」。去年は2か月に1度くらいは行っていたが、仕事が忙しかったりいろいろあって今年になってから初めての訪問となったが、お店はいつも通りの雰囲気。あまり変わっていないことに安心する。

サテライト以外では、もうオンラインでしかレコードを購入していないので、フィジカルにレコードをあれやこれや触ってみることができるのは久しぶりの感覚。今回購入したのはこんなレコードやCD。

Codes In The Clouds / Paper Canyon(英国盤)

  幾何学模様のジャケットが気になって購入したのは、2009年から活動している英国のポストロックグループ「Codes In The Clouds」のデビューアルバム。Explosions In The Skyに近いというか、どちらかいうと穏やかな展開のポストロックの好アルバム。

David Cross / Memos From Purgatory(英国盤)

1972-1974年のKing CrimsonのメンバーだったバイオリンのDavid Crossの1989年リリースのソロ1作目。彼はKing Crimsonでは不遇がところがあって、オフィシャルライブのリリースではバイオリンパートをEddie Jobsonの演奏に差し替えられたり、バンドのコアなファンからもあまり高い評価を受けてなかったように思う。Curved AirのDaryl Wayのように華麗なテクニックでバリバリ弾くようなタイプではなかったからだろうか? 個人的には当時のライブのFracutureやStarlessの終盤で聴かせる崩壊していく建築物を見るような重厚なバイオリンの演奏は好きだった。

このアルバムはSF作家、ハーラン・エリスンの同名の小説をベースにした架空のサウンドトラックのようなもので、いかにも80年代後半の録音のエフェクト処理がされている。King Crimson的なものではなく、エレクトリックバイオリンをフィーチャーしたジャズロックアルバムとして聴くとなかなかの力作。Codes In The Clouds もそうだが、僕はロックのインストアルバムが好きなんだな。

Michael Hoenig / Departure From Northern Wasteland(英国盤)

ドイツの作曲家、シンセサイザー奏者 Michael Hoenig の1978年リリースの1作目。彼は一時期 Tangerine Dreamにも参加し、Ash Ra TempleのManuel Göttschingとのコラボレーションで『Early Water』などの作品も残している。彼自身は後に米国ロスアンジェルスにスタジオを設立し、映画やTV等の音楽制作で成功する。

このレコードは日本盤を持っていたが、英国盤オリジナルはどんな感じか興味があったので購入。内容はTangerine Dreamの初期やKlaus Schulzeのように思い詰めたような暗いところはなく、空間的で広がりがあり映像的な作品。朝でも昼でも夜中でも、いつ聴いてもその音世界に入っていける。洗練されたところがあって、あまりクラウトロックっぽくない。シーケンサーの主体のA面のタイトル曲もいいがB面の声を変調したミュージックコンクレート的な作品もいい。

Steve Marcus / Tomorrow Never Knows (米国盤)

これはApple Musicで聴いて気に入って探していたレコード。1969年のリリースでサイケ・ジャズロックの名盤とも言われているようだ。Steve Marcus(1939-2005)は、ブロンクス、NY出身のサックス奏者。1960年代から70年代にかけて、ポップなジャズを目指したフルート奏者のHerbie Mannやジャズロック方向が強かったギターのLarry Coryell などのグループに参加していた。

この「Tomorrow Never Knows」は彼のソロデビューアルバムで、タイトルからもわかるように、 The Beatlesの『Tomorrow Never Knows』、Byrdsの『Eight Miles High』、Donovanの『Mellow Yellow』といったボップ、ロックチューンをカバーしている。ただ彼の手にかかると、そうした曲は素材でしかなく、かなりフリーキーな演奏となる。

『Eight Miles High』では最初はテーマを平凡になぞっているが、展開部になると一転してグループ全体がスリリングでアグレッシブな演奏に変わる。リズムは奔放だし、かなりキテる感じのギターだと思ったら、どうやらLarry Coryellらしい。 10分におよぶ『Tomorrow Never Knows』はさらに突き進んでいく。

Michael Mantler / More Movies(日本盤)

Michael Mantler(1943 -)は、オーストリア出身のジャズトランペッター。一時期ピアニストのCarla Bleyのパートナーでもあり、自分達のレーベルJOCA/WATTから多くの作品をリリースしている。Michael Mantlerは、フリージャズというよりは作品指向で、作曲されたパートとソロやインプロビゼーションのパートがはっきりと分かれているように思う。それにロック系のミュージシャンの参加も多く、アルバムによっては、 Marianne Faithfull、Robert Wyatt、Kevin Coin、Jack Bruce、Crhis Spedding、Pink Floydのドラムの Nick Masonなども演奏している。

この「More Movies」(1980)は、1978年にリリースされた架空の映画のサウンドトラックをコンセプトにした「Movies」というアルバムの続編。前作「Movies」は、これもギターのLarry Coryell、ドラムにはLifeTimeのTony Willams、ベースにSteve Swallowというパワーメンバーでダイナミックなジャズロックを聴かせてくれた。

本作はギターがFocusにも参加した英国人のPhilip Catherineに代わり、サックスにGary Windoが加わる。前作が問答無用のハードボイルド映画のサントラだったとしたら、本作はもっとソフトな印象。1976年のアルバム「The Hapless Child」のメロディの引用が多いからかもしれない。演奏の破壊力は前作に及ばないが、内容の充実度では互角かも。何度も聴きたくなるのは、曲と演奏が巧みに構成されているからだろう。

Olivier Messiaen / Complete Edition (CD)

クラシックのCD箱物は全集ばかりになってしまったと少し前に書いたが、まさしくその「オリビエ・メシアン作品全集」のCD32枚組。CDは紙袋に入っているだけで、英仏2ヶ国語の370ページの解説書が付属している。購入価格はCD1枚換算だと200円という格安。作品が関連なくCDに詰め込まれているのを危惧したが、幸いそんなことはなく作品単位で分割されているのでよかった。

メシアン(Olivier Messiaen 1908 - 1992)のことはずっと以前から知っていて、「幼子イエスキリストにそそぐ20のまなざし」といったピアノ曲や室内楽を中心に聴いていたが、なぜか去年から急に自分の中でブームになってきた。シェーンベルク派の12音技法とは全く異なる独自の作風を確立していて、インドやガムランのリズムを作品に導入したり、金属打楽器やチェレスタ、初期の電子オルガンであるオンド・マルトノといった煌びやかで色彩的な響きを多用している。それは、メシアン自身が非常に強い信仰心を持ったカトリック教徒で、そうした宗教心からの影響が大きいが、その独自の表現については初演当時から賛否両論あったようだ。

僕が好んでいた12音技法/無調音楽はどちらかと言えばモノクローム、グレートーンの音世界で、それと比べるとメシアンの音楽は響きが華やか過ぎて以前はそこに抵抗感があったのだが、今やその音の色彩感が説得力を持って聴けるとは、人は変われば変わるものだ。

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レコード屋さんで思うのは、いつ行っても欲しいレコードがある不思議。その店の趣味や雰囲気が自分に合わない場合(例えば、Waltzやギンザレコードなど)を除けば、必ず何かをその店で買って帰る。かなりの量のレコードを買っているはずなのに、まだ欲しいものが次々と出てくる。きっと死ぬまでレコードを買っているんだろうな…。

shigeohonda.hatenablog.com

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SRSQ / Unreal - すべてのものが暗黒の中にあっても私は太陽のからの瞬き

この1年ちょっと探していた女性シンセ、ダークウェーブアーティストのSRSQ の『Unreal』とタイトルされたレコードが入手できたのでその話を。

多くの若者、アーティストが犠牲になったゴーストシップの火災

このアルバムについて書くにはまずこの事件に触れないと。当時日本でも大きく報道されたが、2016年12月にオークランドの倉庫に住み着いた多くの若者やパーティーの参加者が火災で亡くなる事件があった。僕にとって、この事件の印象が強いのは、当時、Google、facebookやTwiitterといったシリコンバレーの企業の社員が大挙してサンフランシスコに住み始めたために家賃が数倍以上に高騰し、それまで住んでいた住人が追い出される事態となり、反発する住人がGoogleの通勤バスに投石するといった険悪なムードとなっていた時期だったこととも関係している。また、サンフランシスコの東にあるオークランドでも低所得層のエリアがジェントリフィケーションで再開発されて、既存の住民の行き場がなくなっていた。

この火事の現場となった「ゴーストシップ(幽霊船)」と呼ばれた古い倉庫には、そうした状況で居場所を失ったアーティストやミュージシャンが住み着いて中を改装し、一種のコミューンのような状態だったのだろう。このゴーストシップの火災前後の様子を伝えるCNNのニュース映像を見ると内部がどんな雰囲気だったが伝わってくる。

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この場所では、倉庫の賃貸料をカバーする目的でライブやDJパーティが頻繁に開催されており、住人が勝手に内部の電力線を繋いだり分岐させたことが原因で、電力系の発火から火災となり火が出たのと同時に照明が消えてしまったことや改装で置かれていたものが燃えて有毒ガスが発生したことで36人が犠牲となる惨事となった。

犠牲になったThem Are Us Tooのメンバー

この火事で当時ベイエリアでちょっとしたカルトデュオになっていた『Them Are Us Too』 ギタリスト、Cash Askewが犠牲となった。Them Are Us TooはボーカルとシンセサイザーのKennedy AshlynとギターのCash Askewが大学で結成したデュオで、音楽的にはエレクトリックだが、Ashlynのギターがサイケデリックな感覚を加えている。

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このYouTubeにある2016年ビデオ映像を見ると、ちょっとSyd Barrettに風貌が似た彼が、ドライバーを使ってノイズっぽいギターを演奏していて、そのサウンドは個人的には好みだったりする。ライブと比べるとリリースされたアルバムは、もっとメロディックで聴きやすくなっていた。影響を受けているcocteau twinsに似ているというか…。

事件を乗り越えて、SRSQ としてソロで再出発

唯一のメンバーを失ったKennedy Ashlynが『SRSQ (seer-skewと発音)』としてソロで出発したのがこのアルバム『Unreal』。亡くなった彼へのレクイエムのような内容で、それは同時に彼女自身が「Unreal(非現実)」を「Real(現実)」として受け入れるためのプロセスだったのかもしれない。

Preludeから始まるこのアルバムの全体のトーンはアルバムカバーやレコードスリーブの写真の通りのグレーでオブスキュアな世界。作曲と演奏を全て彼女一人で行なっている。音のレイヤーが重なり合うシンセサイザーのサウンドに彼女の歌声はきれいに溶け込んでいる。すごく心のこもった歌と演奏で、それがスピーカーから流れ来ると部屋の空気が変わってくるのを感じる。そういった特別な感覚がこのアルバムにはある。

アルバムの最後の『Only One』ではこう歌われる。

それが私を打ち砕こうとするとき
私はただやっとつかまっているだけ
それは私を打ち砕こうと毎日押し寄せる
私はできるのは、やっとつかまっていることだけ
それに流されてしまっては
もう、戻ってくることができない

すべてのものが暗黒の中にあっても
私は太陽のからの瞬き

波が私を背後から打ち砕いても
私だけがただ一人いる

このライブのリリース直後にはソロでツアーもあったようで、このアルバムの曲が演奏された音源をbandcampで購入できる。

現在はSRSQの音楽性は、もっとポップでダンサンブルにものに変わってしまったが、この最初のアルバムは何か特別なもののような気がする。

シェーンベルク、ベルク、ヴェーベルン、バッハ - 古いボックスセットのレコードを聴く

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クラシックの箱物LPセットの話。ストリーミングの時代になってもロックやジャズのアニバーサリーボックスセットは手を変え品を変え登場するが、1960年代後半〜70年代後半に多かった豪華なクラシックのボックスセットは姿を消してしまったように思う。今ではチープな箱にCDが何枚も詰められた「全集」ものばかりになってしまったのは少し寂しい。当時は1万円〜2万円以上した高価なクラシックのLPボックスセットも今では場所を取るお荷物扱いなのか、ごく一部を除けば数千円のバーゲン価格で中古で売られている。僕が見かければ買っているのは現代音楽ものや20世紀前半の演奏家のもの。

シェーンベルク、ベルク、ヴェーベルンの音楽

最近手に入れたは、このシェーンベルク(Arnold Schoenberg, 1874 - 1951)、ベルク(Alban Berg 1985-1935)、ヴェーベルン(Anton Webern 1883 - 1945)の管弦楽曲と弦楽四重奏曲の全集。一般に「新ウィーン楽派」と呼ばれるこの3人はシェーンベルクとその門下生の二人で12音技法を確立し、無調の音楽を推進した20世紀前半における革新的な存在だった。

無調の音楽とは

かなり強引な説明かもしれないが、19世紀までのクラッシック(芸術)音楽は基音からルールにのっとって展開していく「調性」に依存してそれが楽曲全体を貫いていた。それでニ短調とかハ長調といった調整の名称が作品名に付いている。シェーンベルクがやろうとしたのは、音楽(作曲)をそうしたルールから解放して、12音全てを等価に扱えるシステムを作り上げることで「音楽を調性から自由にする」ということだった。それは同時に音楽がパトロンのものではなく作曲家と聴衆のものに解放された時代において、また近代を経て20世紀という新しい時代を迎え、より複雑となった社会や人間の営みを表現する音楽芸術ためには従来の調整の枠組みを超えた新しいフレームワークが必要とされていた。

同時代にフランスではラベルやドビュッシー、サティなどが新しい和音やエキゾチシズムの導入などを試行してしたし、東欧ではバルトークやヤナーチェクが土着の民謡や舞踏のリズムや音階を取り入れるなど、地域を超えて新しい時代の音楽に取り組んでいた。また、19世紀末の作曲家のグスタフ・マーラーも最後の交響曲10番において調整が曖昧でクラスターのような不協和音が聴かれる。

第2次対戦後に12音技法の影響はさらに広がり、戦後の現代音楽に重要な役割を果たし、多様な表現や芸術的な拡大の元となっていく。それはクラッシック音楽だけでなく、エリック・ドルフィー、スティーブ・レイシー、オーネット・コールマンなどのフリージャズや前衛、RIO(ロック・イン・オポジション)系のロックアーティストにも大きな影響を与え、ジャンルを超えて広がっていった。

新ウィーン楽派の弦楽四重奏曲全集 / ラサール弦楽四重奏団

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これは米国のラサール弦楽四重奏団の演奏をまとめて1972年にドイツグラモフォンからリリースされたボックスセットで、LPレコード5枚と200ページに及ぶ書簡、論文、講演、楽譜などの資料をまとめられた書籍が入っている。日本でのリリースは「昭和47年度芸術祭優秀賞」を受賞している。

内容は、シェーンベルク初期の調性時代を含む5つの弦楽四重奏曲、ベルクの2つの作品、ヴェーベルンの4つの作品が収められている。同時期の、やはり米国のジュリアード弦楽四重奏団のシェーンベルクの作品集と比較するとジュリアードの演奏や録音が非常にドライで音列の動きや作品のテクニカルな部分にフォーカスがあるのに対して、ラサール弦楽四重奏団の演奏は録音がウエットなこともあって、12音技法の作品をヨーロッパの音楽史の中で捉え、作品の抒情的な側面にスポットライトをあてている。当時としても優れた演奏だったし、今聴いても技巧的にも表現的にも聴きごたえがり、シェーンベルク、ベルク、ヴェーベルンの3人の作風の違いがより際立っている。

シェーンベルクは19世紀末のマーラー、シュトラウスからの伝統を引き継いで、その中で音楽を発展させようとしているのに対して、一世代下となるベルクはそうしたロマン派的な伝統からは影響を受けながらも無調による表現を加えることで3人の中では最も抒情的で折衷的な音楽世界を生み出し、ヴェーベルンは高い集中力で12音技法による凝縮された厳しい表現の作品に取り組んだ。

ヴェーベルンの音楽の凝縮度は極めて高く、例えばシェーンベルクの4楽章の弦楽四重奏曲が30分程度あるのに、同じ形式のヴェーベルンの作品は6分程度しかない。短い楽章ではたった40秒しかない。

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このあまりの短さのため、初演時は冗談のような音楽と思われようで、観客から笑い声が起きたと言われれている。

弦楽四重奏曲は、4つの弦楽器の旋律が絡み合う線的な音楽であることが最大の魅力だと思っていて、その音の織物のような形態は、この12音技法の特質を感じさせてくれる。

新ウィーン楽派管弦楽曲集 / ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮 ベルリンフィルハーモニー管弦楽団

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これは前記「新ウィーン楽派の弦楽四重奏曲全集」に続いて、1975年にドイツグラモフォンからリリースされた、シェーンベルク、ベルク、ヴェーベルンのオーケストラ作品の LPレコード4枚組のボックスセット。当時は「カラヤンが現代音楽を振った」と話題になったもの。

改めて中古レコードで聴いてみても、50年前の録音とは思えないほど新鮮に感じる点もある。ベルリンフィルという超Aクラスの演奏家だけを集めたオーケストラを、これも指揮者のスターシステムを確立した頂点のカラヤンが振るというのもの。この時期のカラヤン指揮ベルリンフィルはその関係性が極めて密で、ブラームスでも、バルトークでも、あるいはプッチーニのオペラであっても全部「ラヤン指揮ベルリンフィル」の表現の世界に収れんされていく。

それは美的なものではあるのだが、非常に耽美的な性格が強いように思う。ただそこに淫するようなことはしない。なのでこの人のワーグナーは過剰なドラマ性よりも、抑制された、それでいて耽美な旋律のうねりを最後まで維持していく。このセットでは、シェーンベルクの初期の作品である「ペレアスとメリザンド」、「浄められた夜」でそうした傾向は顕著で、これだけ濃密で耽美的な演奏というのは他では聴けない。まるでワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」を聴いているかのような演奏。

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ベルクもヴェーベルンも同じ傾向ではあるが、やはりベルリンフィルはの演奏の巧みさが、録音当時作曲から50年の作品をすでに「新たな古典」として捉えていることがわかる。ただ、そうした演奏は、これらの12音技法の作品がロマン派から受け継いだ歴史の中にあることを明示的に示してはいるが、12音技法が目指した調整からの解放という大きなテーマは希薄になってしまっている気がする。

J.S.バッハ オルガン全集第1巻 / ヘルムート・ヴァルヒャ

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もう一つは、バッハのパイプオルガン曲全集第1巻のLP8枚組のボックスセット。ドイツオリジナル盤に日本語の解説が付いたもので1971年の価格は18,000円。僕が中古で買った時は1,800円だった。全部揃えると3セットでLP24枚組になるようだ。

バッハ (Johann Sebastian Bach 1685 – 1750) は、その65年の生涯において1000曲以上を作曲した多作家。その中でも教会がスポンサーとなるオルガン曲は、神の栄光と尊厳を表し、また時には聖書の物語のサウンドトラックであることを求められた。誰もが知っているあの「トッカータとフーガニ短調」のドラマチックな音楽は、そうした教会の意向を最も端的に表しているかもしれない(このボックスセットでは1枚目に「トッカータとフーガニ短調」が収録されているが、前オーナーはそればかりを聴いていたようで、残りの7枚はあまり聴かれた形跡がなかった)。

バッハの音楽は彼の死後は「時代遅れのもの」と評価され、約100年後にメンデルスゾーンによって復興されるまで忘れられた存在だった。バッハが属した「バロック時代」という名称も後に付けられたもので、バロックには「過剰に装飾されたゴテゴテしたもの」という蔑視的な意味が含まれている。バッハの音楽は第2次大戦後に当時の演奏様式などの研究も進み、さらに広く聴かれるようになってくる。

バッハの作品には現代音楽に通じるようなところがあって、特に晩年の「音楽の捧げ物(1747)」「フーガの技法(1746-未完成)」に見られる点描的で空間的な音列の配置は、ヴェーベルンに通じるとことがあり、実際、ヴェーベルンも「音楽の捧げ物」の冒頭のリチェルカーレの管弦楽編曲版ではその共通性に共感したような神秘的で瞑想的なアレンジを行なっている。

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僕がバッハの鍵盤音楽作品、特にパイプオルガンの作品に惹かれるのは、単なるハーモニーではなく、決して澱んだりしない川辺で水の流れを見ているように、いくつもの線的な旋律が交差する重層的な音楽であり、空間への浸透度が高い。特に一連の「プレリュードとフーガ」や「トリオソナタ」作品は、そうした線的な構造の美的な空間を感じさせる。

バッハの鍵盤楽曲を聴くときに、ヘルムート・ヴァルヒャ(Helmut Walcha 1907 - 1991)という盲目の奏者の演奏をを好むのは、前記した線的で重層的な構造をより深く理解させてくれるからだ。彼に関する資料によると19歳のときに視力を失ってから、最初は彼の母親、次はパートナーがスコアを分解して弾いて聴かせ、彼はそのパートごとに記憶して頭の中で組み立てて演奏するという方法をとっていた。そのためレパートリーはバッハの鍵盤作品に限られるが、パートごとの旋律への理解は深く、それが彼が弾くバッハを特別なものにしている。

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決して大袈裟な身振りではなく、その音楽の内側の奥まで入り込んでいく。彼の演奏で聴くと18世紀のバッハの音楽が、20世紀の無調の音楽やミニマリズム、アンビエント、エレクトロニカを結ぶ線上にあることが理解できる気がするのだ。

Scott Walker / Bish Bosch - スコット・ウォーカーは過去を振り返らず闇の中を進む -

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去年の終わり頃からScott/ Walkerの晩年のアルバムをまとめて聴いている。聴けば聴くほど深みにはまりそうな音楽で、彼の晩年のアルバムに比べたらDavid Bowieのベルリン三部作ですら当たり障りのないポップなアルバムに聴こえてくる。

多くのアーティストは歳を重ねると昔を繰り返すことが少なくない。キリコやムンクのような画家でも晩年は全盛期の作品を自ら繰り返し描くようなことをしていたし、ミュージシャンでも(その年老いていくファンを含め)、昔の楽曲やアルバムの再現演奏をひたすら繰り返す。

Scott Walkerはそうしたことを一切しなかった。アルバムを作り終えたら、もうそれは2度と聴かない。制作の過程で何千回も聴いているので完成したらそれは終わったことで、もっと先にだけに向かっていく。何も繰り返さない。

Scott Walker - のヨーロッパの異邦人

Scott Walker、本名Noel Scott Engel (1943 – 2019)は、米国出身で1964年(21歳)の時に英国に渡り、本当の兄弟ではないが他の二人とWalker Brothersとしてデビューしアイドルグループと大成功する。最初はメインボーカルではなかったが、彼の歌った曲がヒットしたことからグループのリードボーカルとなる。日本でも当時アイドルグループして人気が高かった。

グループ解散後ソロに転向するが、それに合わせて非ポピュラーミュージック的な要素が加わり始める。彼は当時のベルイマンやフェリーニのヨーロッパ映画からの影響、それにビート詩人やフランスの歌手のジャック・ブレルの影響を受け、自分のアイデンティティを「米国人ではあるが、ヨーロッパの視点で生きてるいる」と定義している。言葉を変えると、生活者としてのヨーロッパ人ではなく、ヨーロッパの文化(それもアバンギャルドな文化)に感化された ヨーロッパの異邦人として。

ソロになった最初の頃はヒット曲もあり、BBCで番組を持つなど「元アイドル」として活動していたが、以前紹介した1969年の『Scott 3』からポップからの逸脱が始まり、次の『Scott 4』が商業的に期待通りではなかったのでレコード会社との契約がなくなる。

Climate of Hunter (1984年) での一時的なカムバック

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その後、Walker Brothersの再結成などがあったが、1984年(41歳)の時にバージンレーベルと契約して『Climate of Hunter』をリリースする。2021年のベストアルバムでも触れたが、一聴した感じでは時代にあったモダンロックアルバムなのだが、どこか暗く、ざらっとした感触がある。アルバムの最後の曲は場末のカントリーソングのような『巻かれた毛布のブルース』という短い曲なのだが、その毛布に巻かれているものは何なのか、死の香りがしてくるような曲。

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Tilt (1995年) - 黒い霧が闇を包み始める

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11年の沈黙の後に4ADレーベルと契約し52歳で『Tilt』をリリース。4ADはDead Can DanceやBauhausを要したレーベルで、Scott Walkerの世界観とも一致する。ようやくよき理解者を得て彼の目指す表現がその正体を現し始める。当時のレビューは彼があまりもメインストリームの音楽から逸脱してしまったことに戸惑っている。

朗々と不条理を歌う伸びやかなバリトンボイス。一人芝居というかドラマを感じさせるその歌い方が、David BowieやPeter Murfuyに与えた影響は大きいだろう。演劇的なそのスタイルが、バックの不安感漂う演奏と相まって黒い霧の中を歩んでいくような音世界を生み出す。ただ、この後のアルバムを聴くと、これがほんの入り口に過ぎないことがわかる。

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The Drift (2006年) - 目指していた音楽がその姿を表す

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前作からさらに11年後に4ADからリリースされたがこの『Drift』。このとき63歳。前作よりもさらに深みを増し、おそらく彼が目指した音楽がその完成形に近づいていく。単に音楽というよりも音によるシアターピースとも言えそう。ここまで聴き続けてきて驚くのは、彼の音楽は全てが厳密なスコアがあって予めその音楽がどう鳴り響くのかが決められていること。その制作プロセスも細部に渡り徹底している。

この『Drift』のレコーディング風景のビデオが2本存在するが、ギターのリフの録音から、チャイムというか金属片の音、肉の塊を殴りつける音、その一つ一つの音が極めて神経質に選ばれて録音されていく。楽曲どこに何の音が入るのかが、全て徹底的に推敲されている。その厳格さはヴェーベルン的ですらあり、確かにこの作品を作り上げるには10年以上の歳月を要しても不思議はない。

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彼がこのアルバムのインタビューで、1番難しいのが「言葉が降りてくるのを待つこと」と答えている。歌詞とそのテーマに非常にこだわる。このアルバムの1曲目は不穏なギターリフの『Cossacks Are(コサック人は) 』。

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消滅していく心へと
吸い込まれていく歌が回る

気高く、初めての経験は
ぐるぐる回りながら
求めるものを捕まえようとする

と、歌い出され、コサックダンスのリズムが闇の舞踏のような様相を見せ始める。2曲目の『Clara』は1945年4月28日に独裁者ムッソリーニと一緒に処刑されることを希望した愛人のClaretta Pettaci についての曲。処刑後二人は並んで逆さに吊り下げられて見せ物にされた。

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鳥よ
鳥よ
これはトウモロコシの皮でできた人形ではない
月明かりの中で血に浸されている

かつて
アメリカであった
ことのように

この「アメリカであったこと」は、 Billy Holidayの歌で知られる『奇妙な果実』の木にぶら下げられた黒人の死体のことを指している。人間の残忍性。

Bish Bosch (2012年) - 異形な悪夢の綴織り

今度は少し間隔が短く、6年後の69歳の時にこの『Bish Bosch』をリリース。さらに彼の音楽世界の純度は増し、音楽というよりも音響のある詩篇というか、音楽という枠組みすら溶解している。中核にあるのは彼の歌、その歌声。そして歌詞。このアルバムも制作風景のプロモーションビデオがある。剣の刃がこすり合わされる音など音響に関する異常な執着がみてとれる。

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タイトルの『Bish Bosch』について、彼は特定の意味はないがその音(韻)とBoschというのが、『悦楽の園』の宗教画で有名な中世の画家『ヒエロニムス・ボス(Hieronymus Bosch)』の一部から取られている、と言う。

1曲目は『See You Don’t Bump His Head(彼の頭にぶつけてはいけない)』。恐怖に脈打つ鼓動のようなリズム。

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白鳥の歌から
羽をむしり取りながら

春はゆっくりと
親指を瞳に
めり込ませていく

白鳥の歌から
羽をむしり取りながら

蜘蛛の巣は
子宮の中に
溶けていく

白鳥の歌から
羽をむしり取りながら

抑えきれない欲望は
スカルピアを歌う

  • スカルピアはオペラの中の歌曲

『Epizootics』はプロモーションビデオがある。タイトルは「動物流行性」の意味。そこにあるのはダンスへの強迫観念。

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本作のハイライトは20分以上におよぶ『SDSS 1416+13B(Zercon, A flagpole sitter)』。Zercoは5世紀頃に実在した醜い道化師で、王の一種のエンターテイナーに徴用された人物の話に基づいている。歌と沈黙とノイズ。

アルバムの最後は『The Day The “Conductor” Died(Xmas Song) - 指揮者が死んだ日(クリスマスソング)』。

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私は慈しむ者、憐れみ深く、思いやる

あぁ。それほどでもなく
あぁ。とてもそう

私は外交的で社交的

あぁ。それほどでもなく
あぁ。とてもそう

私のパートナーは
積極的でなければならない

あぁ。それほどでもなく
あぁ。とてもそう

誰も温まる火を待ってはいない
誰も温まる火を待ってはいない
誰も温まる火を待ってはいない

不気味なほど静かな曲で、遠くからソリの鈴の音とクリスマソングのオルゴールが聞こえてくる。このアルバムでScott Walkerは40年以上におよぶ音楽の旅の終着点に到達したように感じる。

このScott Walkerのアルバムが、DaughterのAlexis Marshallに与えた影響は大きかったのではないかと思う。2019年にリリースされたアルバムの特異な彼のボーカルスタイルや楽曲の世界観は共通している。

Soused(2014年) - 音の雲が沈黙を埋め尽くす

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このアルバムは実質的に彼の最後のアルバムとなる。2014年、71歳でのリリース。このアルバムでは全面的にドローンメタルバンドのSunn O)))との共同制作。なので表記は「Scott Walker+Sunn O))) 」となっている。このコラボレーションが唐突かというと全くそんなところはなく、Scott Walkerの音楽の中でSunn O))) のサウンドは完全に一体化している。

このつながりの元はSunn O)))の2009年のアルバム『Monoliths & Dimensions』の制作時にSunn O)))側からScott Walkerにボーカルでの参加を打診したが、いくつかの事情で実現せず、『Monoliths & Dimensions』のボーカルはハンガリーのブラックメタルバンドのボーカルが参加することになったが、交流はその後もあったようで、『Bish Bosch』の制作後に両者で制作が進み、前作から2年という短いスパンでリリースされた。

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Scott Walker曰く、沈黙の多い彼の歌には、Sunn O))) のドローンサウンドは最適だったようだ。Sunn O))) のドローンサウンドは単に音が大きいだけでなく、意外とデリケートで繊細な表現があり、それが彼の歌声と共鳴している。変な表現だが、ドローンメタルのロックフォーマットになったせいか前作の『Bish Bosch』よりも聴きやすい。ただ彼の歌詞の難解さはさらに進んでいて、全体が亡びへの哀歌のようにも聴こえる。

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"Lullaby"

内面の中心のあって
自律する
最も親密で
個人的な選択と要求が
歌われるだろう

ちがう
ちがう

どうした画家たちは
自分達の雲のような線を
明暗法で
描かないのか
かつてそうしていたように?

だから
無駄に
別のランプを消す

だから
だから

僕は子守唄を歌う

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10年後、20年後、あるいはもっと先で再評価されるべき

Scott Walkerは、その後は映画のサントラなどを手掛けるが、2019年3月に76歳でその生涯を閉じる。彼の死は英国では大きく取り上げられ、英国音楽祭プロムスで特集が組まれる。ただ残念なことに、そこで取り上げられたのはソロの初期の作品ばかりで Tilt 以降の作品はなかった。

随分前から彼の晩年の音楽は何となくは知ってはいたが、 その音楽性がただダークであるだけでなく、何か近寄り難いとこがあって、正面から向かって聴くのを躊躇するところがあった。それでもちゃんと聴いてみようと思ったのは、The Driftを生み出したのが63歳、つまり今の自分と同じ年齢であることを知ったから。そして、ただアバンギャルドであるだけでなく、自分が信じる価値や世界観を深化し続けること、決して過去の自分を繰り返さない態度に共感を覚えるからだ。老いていくことはノスタルジアに浸ることと同意ではないだろう。

Scott Walkerが成し遂げた音楽は、10年後、20年後、あるいはもっと先で再評価されるだろう。

Drift

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Tilt

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Bish Bosch

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shigeohonda.hatenablog.com

ECMレーベル - リバーブのつまみを握りしめた魔術師の世界

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オーディオ雑誌の『STEREO』の特集が「ECMとオーディオ」だったので久しぶりに購入してみた。ECMレーベルとしての最初のリリースが1969年。それから50年を経てもオーナーのマンフレート・アイヒャーはずっと君臨し、レーベルのサウンドトーンも一貫している。EMIのような大手のレーベルでも時代の流れに翻弄されているのに、ECMのようなマイナーレーベルが同じオーナーでサウンドトーンも変わらずに存続していることは稀なケースだがそれには理由がある。

ECM = マンフレート・アイヒャーの音世界

本誌にもマンフレート・アイヒャーの独裁ぶりへの証言があるが、彼の美的センスや価値観が全て。アーティストの選定だけでなく、ECMとしてリリースされるためにレコーディングされる楽曲、その演奏にまで介入する。またこれはあるアーティストから聞いた話だが、リリース日程が確約されていない。つまりアルバムのリリースはマンフレート・アイヒャーの仕事の進み次第(あるいは判断)ということらしい。

そして、マンフレート・アイヒャーの最大の武器がリバーブ(デジタルリバーブという説もある)。しかも、録音後のポストプロダクションの処理ではなく、レコーディングと同時に演奏に合わせてリバーブを自在に操作して、リバーブのトーンや深さをリアルタイムに加えていく。もはやこれは「リバーブ演奏家」と呼ぶべきでは。その彼のリバーブが、ECMのあの一貫したクールで緊張感を孕んだ音空間の源になっている。

リバーブの魔法 - スタイルを貫く

レーベルが生き残るにはヒット作が必要で、英国バージンレーベルならマイク・オールドフィールドの『Tubular Bells』の大ヒットが初期に会社の経済的基盤を支えたように、ECMレーベルではチック・コリアの『Return to Forever』、キース・ジャレットの『The Koln Concert』のヒットでビジネスの基盤を固めたのだろう。

両方とも米国のジャズレーベルからは発売されない内容のアルバム。前者では、フェンダーローズやフローラ・プリムのスキャットに加えられたリバーブの独特の浮遊感のある空間性が70年代の「新しい」ジャズフュージョンのスタイルを決定づけたし、後者では、キースの体調不良、調律が不完全なピアノ、深夜の演奏会という悪条件の中で、もちろんキースの演奏は素晴らしいが、アイヒャーのリバーブの魔法がこの世の物とは思えない甘美なピアノの音を作り出した。

もしこの2枚のアルバムでECMの音楽を聴き始めたなら、その後どのECMのアルバムを聴いてもハズレはないだろう。アルバムカバーやパッケージを含め、アイヒャーの美学とスタイルが貫かれているから。歴史のあるファッションブランドであっても、数年単位でメインデザイナーが変われば製品も変わっていくが、ECMレーベルにはそれがない。ジャズ(まあジャズ系ミュージシャンが多かっただけでその音楽がジャズかというと別の話)からミニマリズム、現代音楽、クラシックまでジャンルは広がってもサウンドトーンは一貫している。

ECMレーベルを見かければ買っていた

僕が最初に手にしたECMのレコードは、アート・ランディとヤン・ガルバレクの『Red Lanta』とテリエ・リピダルの『Whenever Seem To Be Far Away』の2枚。1975年に購入している。

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『Red Lanta』はアート・ランディのピアノとヤン・ガルバレクのサックス、フルートによる二重奏のみのジャズというより室内楽的な作品。確かにリズミックではあるが、非常にストイックな音楽。

テリエ・リピダルの『Whenever Seem To Be Far Away』は、A面は1曲目からファズベースが唸り、メロトロンが鳴り響くダークなサウンドにリピダルのギターが稲妻のような光を放つ、北欧プログレジャズロック。B面は室内オーケストラを加えたシェールベルクやベルクの作品を彷彿とするようなエレクトリックギターの作品。

つまり、ECMレーベルはNew ECMシリーズなどを始める遥か前から、非ジャズ、非メジャー、脱ジャンルだった。アイヒャーの審美眼だけが全ての価値を決めている。ただ、そのリバーブ処理を含め、その独善的な美的価値観がアーティストと衝突することも少なくない。その一方、ECMの美意識を共有できるアーティストにとってはサンクチュアリなのだろう。STEREO誌の特集のインタビューに答えて言える日本人ピアニストの2人も、日本や米国のジャズ演奏の中で求められるものに違和感が強く、それでヨーロッパに活動を移しECMからのリリースにつながっている

魔法はいつまで続くのか、魔術師とともに消えるのか

僕もアイヒャーの脱ジャンル的な美的価値観に共感し感化されたので、ECMのレコードやCDはよく買った。中古で見かければ必ず買っていたし、好きなアルバムは独オリジナル盤まで手に入れていた。今でもレコード、CD、合わせて200枚ほどはあるだろう。

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ただ正直に言うと、今はまったくECMの新譜を買っていない。ECMレーベルがストリーミングサービスで聴けるようになったこともあるが、それでもどんな新譜かチェックする程度で何度も聴くことはない。リバーブの魔法にかかったのが若い時だったので、その魔法が解けてしまったのだろうか? どの新譜を聴いても以前聴いたものの繰り返しのように感じてしまう自分がいる。今でも現代音楽のリリースもあるが、全体としては内容がずいぶん保守的になったようだ。だから最近また人気が高いのか。ある意味、ECMは「権威」になったんだろう。

ECMはマンフレート・アイヒャーの趣向性がそのままレーベルのカラーになっているので、彼が存在しなければ継続は困難かも。リバーブの魔術師が消えたら魔法と共に失われてしまう。それまでのカタログは残ったとしても。

2021年に手にしたアナログレコードから - 音楽は言葉では説明できないものを運ぶことができる器

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去年も2020年によく聴いたアルバムの記事を書こうとしたのだけど時間切れでボツにしてしまったので、今年こそ2021年版を書いてみる。間に合うかな?

今年もアナログレコードを中心に新譜も中古も100枚近く買ったのではないかと思う。昔と買い方が変わってきていて、ストリーミングで事前に聴けるものが多いので、アルバムカバーだけを見て、「なんだろう?」と買うことはほとんどなくなった。自分のポートフォリオの一部というか、「手元に置いて繰り返し聴きたくなるものかどうか?」が選択の基準になってきている。つまり、極端な冒険をしなくなってきているわけで、その意味では買い方が老いてきているのかもしれない。まあ、そんな中からの10枚。

10:London Grammar / Californian Soil

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2021年の新譜。ブログに書いているようなアバンギャルドばかりでなく、こうした普通の音楽(?)も聴いている。London Grammarはデビューからこの3枚目までずっとレコードで買っていて、多分、彼女のホワイトソウルっぽいところのある歌声と、控え目で点描的なバックの演奏のバランスがいい。クラブっぽいところはゼロで、彼らの育ちの良さがそのまま音楽に出ている。21世紀のカーペンターズ的な存在で、その意味では今日では絶滅危惧種の音楽なのかもしれない。


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9:Gang of Four / HARD

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1983年にリリースされたGang of Fourの最後のアルバム(後に再結成)。このアルバムはファンにも評論家にも酷く評判が悪い。前作でドラムが抜けたためにドラムはプログラミング。ゲストに女性ボーカルが加わり「ディスコミュージック」的な展開だが、僕はこのアルバムが当時から凄く好きでカセットや2in1の廉価CDで聴いていたが、やっと英国オリジナル盤を入手。人気がないだけに安かった。Gang of Fourのエッジーな部分のみを期待するファンには「なんだこりゃ」だったかもしれないが、彼らには元々ファンクっぽい要素もあったし、テクニカルな女性ベーシストが加入したことで、一気に進んだのだろう。Andrew Gillのギターは相変わらずアグレッシブだし、歌詞も冴えている。メロディラインもキャッチーでこのアルバムがヒットしなかったのが不思議なくらい。


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8:Willam Parker / Mayan Space Station

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2021年の新譜。「ジャズロック」というジャンルはお気軽な「フュージョン」とは違って立ち位置が難しく、ジャズファンからはロック過ぎると敬遠され、ロックファンからはジャズ過ぎると敬遠されて、なかなか商業的に成功しない。本作のリーダーのWilliam Parker(1952-)は、Cecil Taylorとも長年共演したフリージャズベーシスト。ギターのAva Mendoza(1983-)は、アバンギャルドロックからフリーまでをフィールドにしている。キャリアあるリズムセクションに支えれた彼女の才気溢れ、羽ばたくギターがこのアルバムをユニークな存在にしている。今年のベスト ジャズロック アルバム。

7:Mary Halvorson Quintet / Bending Bridges

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Mary Halvorson(1980-)は、マサチューセッツ出身の米国フリージャズギタリストで、ここ10 年ほど注目している。ソロの他、五重奏団、八重奏団、といったアンサンブルでの作品も多く、しっかりスコアとして書かれている部分とフリー部分に分かれた作品が彼女の持ち味のように思う。本作は2010年の五重奏団での作品が2012年にアナログ2枚組としてリリースされたもの。聴き始めはスローでオーソドックスなジャズのようでありながら、それが変容していくさまを体験することになる。

6:Sunn 0))) / Pyroclasts

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2021年の作品。今年後半は『Sunn 0)))』と『Scott Walker』の再発見が大きかった。本作は『Life Metal』と合わせてリリースされたもので、タイトルは火山の噴石のこと。『Life Metal』が「作曲されたもの」であるのに対して、本作はそのレコーディングの各日にメンバーのウォームアップとして行われた即興演奏から構成されている。4曲が収められており、似ているようでそれぞれが個性的。僕はSunnの音楽から、じっと注意深く聴くことがいかに大切かを改めて学んだ気がする。

5: Scott Walker / Climate of Hunter

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そしてScott Walker(1943-2019)。ポップアイドルからアバンギャルドミュージシャンへと深化していく男。米国人でありながらヨーロッパの幻視者。本作はバージンレーベルと契約した1984年、41歳のときのアルバム。一応、スタイリッシュなモダンなポップアルバムの体裁を装っているけど、ゲストのサックスは英フリージャズの重鎮Evan Parkerだったりする。歌詞は暗い。当然商業的に成功せず、次のBrian Enoとの共同制作も頓挫してバージンとの契約を切られる。僕が購入したのは180g重量盤の再発もの。次の作品は11年後に4ADレーベルから姿を表す。


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4:Dino Valente / DINO

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Dino Valente(1937-1994) は、60年代の重要バンドのひとつ『Quicksilver Messenger Service』の創設メンバーでリードボーカル。グループがデビューする直前にマリファナの不法所持で服役となり出所後の1968年にEpicレーベルに残したのがこの唯一のソロ『DINO』。ほとんどが彼の弾く12弦ギターとボーカルで僅かにバックがつくのみ。世間的にはアシッドフォークの名盤とされ、オリジナル盤には2万円以上の値段が付く。これは偶然に傷が多めで廉価なオリジナル盤を見つけたので購入。多少プチプチ音がするが、年代を考えたらそんなものだし、いかにも聴き込まれた盤の雰囲気がする。Dino Valenteはなんといっても歌声がよい。この人が歌い始めると、ぱっとその世界が目の前に現れる稀有なボーカリスト。


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3: Alice Cortlane / Kirtan: Turiya Sings

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2021年リリース。詳細は以前の記事を参照。『DINO』がギターと歌だけが基本なら本作はオルガンと歌だけ。正確には元音源にはストリングスなどのオーケストレーションとバンドの演奏があったが、それらを全てカットしてAlice Cortlaneのオルガンと歌だけを残したアルバム。音楽の起源は宗教と密接な関係があることを改めて感じる。

2:Alan Vega / After Dark

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今年、意外なリリースだったのはこのアルバム。元SuicideのAlan Vega(1948-2016)が2015年に行った最後のライブセッションの録音。経緯はライナーノーツに詳しく書かれているが、晩年はエレクトロニック系のコラボレーションが多く、送られたきた音源に彼がボーカルを重ねて録音するだけで、彼としてはもっとリアルなバンドでのレコーディングを希望していた。それで一度限りのセッションがニューヨークで組まれたが、Alan Vegaからのリクエストは事前に何も決めないこと。バンド側はある程度のリフは決めていたのだろうが、レコーディングではバンドの演奏を聴きながらAlan Vegaが即興で歌っていき、それを受けてバンドの演奏も変化するというスポンティアスなもの。40分弱の短いアルバムだが、その場に居合わせているような緊張感がある。ロックンロールの危うさ。

1:LOW / HEY WHAT

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僕にとっての2021年のベストアルバム。何度聴いても圧倒される音楽。詳しくは記事にも書いたけど、優れたアーティストは時代を映しだす。もっと言えば、そこに映っているのは今だけではない。音楽が言葉では説明できないものを運ぶことができる器なのであれば、その最も美しい器がこのアルバムではないかと思っている。

2022年の12月にはどんなアルバムについて書くことになるんだろう?

更新:2021/12/27 - 参考に聴けるものは埋め込みを追加

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闇の中の男 / ポール・オースター - 希望の中で生きることができるなら

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今年、2021年はニューヨークでの『9.11』のテロから20年の節目。日本時間では夜の11時過ぎの出来事で多くの人がテレビでリアルタイムで2機目の衝突を目撃している。僕はその前からテレビを持つのを止めてしまっていたし、インターネットも見ていなかったので翌日の朝になってラジオのニュースで知ることになった。西側で起こった史上最大のテロ事件で、その前と後では世界は大きく変わっていく。

この「Man In The Dark(闇の中の男)」は『9.11』を受けてポール・オースターが書いた本で原書は2008年の発売(日本語翻訳は2014年の出版)。彼は初期のニューヨーク3部作が有名で僕が最初に読んだのもその一つの『鍵がかかった部屋』だった。人の持つ暗い側面、人生の不条理の物語を淡々と描いていく。アメリカのカフカ、と評されたりするが物語の主人公を突き放すのではなく、それが悲劇的な結末であっても共感を覚えているように感じる。人生に対する洞察が作品を魅力的なものにしている。

アル・ゴア大統領だったら『9.11』はなかったのか? 米国の分断は2001年からのブッシュ政権で既に姿をあらわしていた

この本の背景には2000年のアメリカ大統領選挙がある。それは2020年のトランプ対バイデンとは逆の構図の接戦で、クリントン政権で副大統領を務めた民主党のアル・ゴアに最初の湾岸戦争を主導した(父)ジョージ・ブッシュの息子の共和党のジョージ・ブッシュが挑むという構図だった。結果はブッシュが一般投票で敗北しながらも選挙人投票で僅差で勝利するというもので、フロリダ州での再集計が中止されるなど、後味の悪いものになった。

そして、2001年の『9.11』 が起こる。アル・ゴアが大統領になっていたら、この悲惨なテロはなかったのではないか? という考えは少なかず米国人の中にはあるだろう。

イラクとの戦争にあるアメリカと内戦となったアメリカのパラレルワールド

この「闇の中の男」に登場するのは、妻を亡くした元文筆家、評論家だった老人と中年になったその娘、そして大学生となる孫娘の三人。娘の夫は浮気でいなくなり、孫娘のボーイフレンドはイラクで輸送トラックの運転手に志願してテロ集団に誘拐されて殺害される。つまり孤独な三人が同じ屋根の下で暮らしている話。

そして、老人は不眠症で眠れない夜に『9.11』がなかった米国の物語を紡ぎだす。そこでは東海岸と西海岸の州が独立を宣言し、ブッシュ大統領が率いる連邦政府軍と内戦に突入した分断されたアメリカがある。そして突然、その戦場へ放りだされた男の物語。

その2つの物語が、まるでP.K.ディックの小説『ユービック』のように重なって進んでいく。テロが存在し、その影響を受けた孤独な家族がいる世界とテロはなかったが内戦を戦っている世界の話。実在の老人と家族の話が家の中で、それも夜の話として静かに進むのに対して、眠れない老人が夢想する内戦のアメリカの話はリアルで暴力的で、ある意味生々しく非常に対象的。しかもその内戦の世界では、その世界を終わらせるために夢に見ている老人を殺害する指令が発令されている。夢が現実化しているというのはル・グイン的ですらある。

傷ついた人、傷つけた人、残された人

人は生きている間に、傷つたり、傷つけられたり、裏切ったり、裏切られたする。それが事故やテロのような不可抗力で起きることがあれば、心変わりのようにその関係の中で起きることもある。それも人生の一面であり、誰にでも起こり得る。

この老人の一家もそうで、老人はかつて妻を裏切り、娘は夫に裏切られ、孫娘はボーイフレンドをイラクでテロリストに殺されれる。でも、老人は後に困難の末に妻とよりを戻し、娘はそれを乗り越え、孫娘は乗り越えようと時間をかけて奮闘している。

孫娘と老人は二人で映画を見る。小津安二郎の『東京物語』。映画の舞台は戦争からかなり復興した東京。そこに田舎に住む老夫婦が子供たちを訪ねてくる。仕事が忙しい実の子供たちには疎まれるが、戦争で亡くなった息子の若い未亡人だけが精一杯の歓待をしてくれる。しかし、老夫婦の妻が帰途、突然な亡くなる。葬儀の後で一人残された老いた父親。そして息子の未亡人との会話。老人は妻が使っていた懐中時計を渡す。時間が引き継がれる。そして作家は書く。

あまりに長いあいだ、この女は何も言わずに苦しんできた。自分がいい人間だということをこの女は決して信じようとしない。なぜならいい人間だけが自分の善良さを疑うからだ。悪い人間は自分の善良さを知っているが、いい人間は何も知らない。彼らは一生涯、他人を許すことに明け暮れるが、自分を許すことだけはできない。

LOW / I could live in hope - 希望の中で生きることができるなら

この本を読んでいるときに、LOWの1994年にリリースされたデビューアルバム、『 I could live in hope』を聴いていると、何か雰囲気がシンクロしていく。その静かで、それでいて憂いを内に秘めたような歌と演奏が、この本の内容によく合っている。もし、この本が映画なるなら、サウンドトラックはこのアルバムしてほしい。

特に最後の「You are my sunshine」のフレーズで有名な『Sunshine』のゆったりとしていて、それでいてメランコリックなカバーのメロディが、この小説の最後の老人と家族が夜明け前の時間に交わす会話に重なってくる。

君は僕の太陽
たった一つのサンシャイン
灰色の空の下でも僕を幸せにしてくれる
どんなに君を愛しているか、君は知らないだろうけど
どうか、僕の太陽を奪わないで ……

LOW / I could live in hopeは、もうCDでも入手が困難なようで、Apple Musicにも入っていないので YouTubeのリンクを掲載しておく。


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