Sound & Silence

本多重夫の音楽、オーディオ、アートなどについてのプライベートブログ

90度のまなざし / 合田佐和子 - もう帰る途もつもりもなかった

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この合田佐和子という人を知ったのは、昔あった『Rock Magazine』という雑誌の表紙が彼女の絵だったことがきっかけとなる。ルー・リードやイギー・ポップや映画俳優のポートレートを模写して、そこに独自の世界観を加えて合田流の作品とする、後のマッシュアップの先取りのようなところがあった。

最初はずいぶんと終末的でデカダンなタッチで再構築する画家と思っていて、『ポートレート』とタイトルされた画集が出版されたときも、すぐに買ったりしていた。本書の寄稿者が、瀧口修造、四谷シモン、唐十郎といった人達であることからも、彼女がどんな世界に属しているのが分かる。

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ただ僕が勝手に、本人もその作品と同じようにデカダンでアンニュイなライフスタイトルの人だと思い込んでいたら、本書を読んで判ったのことは、実際は全然違っていて、バイタリティに溢れてどんな困難もサバイバルしていく強い女性だったということ。娘二人を連れて、エジプトに移住しようと企てるくらいには。二人の子供を育てながら個展のための作品を作るのは、とてつもない努力が必要だったろう。

それも、1965年から80年代まで毎年個展を開催できる創作力、エネルギー。アーティストに本当に必要なのはそうしたクリエイティブ力なのだろう。しのごの言わず、まず具体的に目の前で自分の手を動かして作ってみる。結局それでしか成功なのか失敗なのか、またどちらでもないのかは分からない。クリエイティブの本質はそこにあることを思い知らされる。

この本で知ったが、合田佐和子という人は生まれて直ぐに第2時大戦が始まり、終戦後の荒涼とした風景の中で育っている。それが彼女の原風景。空襲の熱で溶けたガラスが何かと一緒になってガラス片になっているのを集めたりと、不謹慎な言い方かもしれないが、そうした特殊な状況が何かを創り出すには格好の環境だったのかもしれない。

彼女の書いた原稿は、エッセイであれ評論であれ(そもそもその区別がほとんどないのだが)、全てが彼女が中心にいる。彼女の日常が臆面もなく語られて、そのテーマに一体化していく。特定の派閥やジャンルに属することなく、「アートを生きる」ことを体現したアーティスト。彼女の「一度の人生を勇気をもって生きよう」という言葉の通り生きた。混沌した生活であるようでいながら、イサギのよく、美学がある。

そんな彼女の生き方が、この彼女が繰り返し書いたというフレーズに集約されているように思う。

喜びの木の実のたわわにみのるあの街角で出会った私たち

もう帰る途もつもりもなかった

そう、戻り道を持たない生き方。


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