Sound & Silence

本多重夫の音楽、オーディオ、アートなどについてのプライベートブログ

Earth / Full Upon Her Burning Lips - 瞑想的であり同時に覚醒的でもある音楽

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「ヘヴィメタル」というジャンルは難しい。アイドルグループやアニメのサントラのような曲ばかりやるグループから冷徹な極北のブラックメタルまで一つのジャンルで語るには余りにも範囲が広過ぎる。それなのに「ヘヴィメタル」と一括りで扱われる不幸がこのジャンルにはあるように思う。それに、反キリスト教主義や悪魔崇拝、排他主義的な思想を背景に持つグループもあるなど、ある種の「忌まわしさ」もついて回る。それを反社会的とみなすか、表現の一部として許容するかは受け取る個人によるだろう。ただ、そうした「心の闇」のようなものは、誰の心の中にでも潜んでいるものではないかとも思う。

歴史を振り返れば、僕等が今生きてる文化的にも社会的にも発展した世界は、過去の善良な良き行いだけで成立しているわけではなく、多くの紛争、戦争、裏切りや虐殺や暴力にも依っていることから目を背けることはできないし、すべきでもない。目の前の彫像や銅像を破壊しても過去を書き変えることはできないだろう。現在は過去の混沌の上にあり、未来もまた現在の混沌の上に在ることだけは確かかもしれない。

もし誰かに、「ヘヴィメタルは好きですか?」と尋ねられたら返事に窮するだろうな。あるいは「それほど好きではないけど、聴かなければならないヘビィメタルのグループはある」という答えなる。それは、Agalloch、Worm Ouroboros、Chelsea Wolfe、Royal Thunder、このEarthといったグループ。彼らは広義の「ヘヴィメタル」という枠の中で、孤高の存在であり自分たちの音楽を深化させいることだけに集中して、それは何光年も彼方の星の瞬きを見ているようも思える。

轟音で鳴り響く沈黙

Earthは1989年にリーダーでギタリストのDylan Carlsonにより結成れたグループ。この『Earth』というバンド名は、Black Sabbathの元のバンド名から取られている。僕は知らなかったが、彼はKurt Cobainの友人として著名であり、後に自殺に使われた拳銃を購入しているようだ。

Earthのデビューアルバム 『Earth 2』はフィードバックとディストーションを多用したもので、轟音で鳴り響く沈黙で在るかのような不思議なもので、 Lou Reedの『 Metal Machine Music』を思い起こさせるものだった。それから彼らの音楽はドローン メタルとかアンビエント メタルと呼ばれるようになる。

その後グループはメンバーチェンジを繰り返しながら、化学変化した物質の濾過を繰り返すように、その音楽性をより純化させていく。そして、Dylan CarlsonとAdrienne Daviesの2人だけで5年ぶりに制作されて2019年にリリースされたのが、この『Full Upon Her Burning Lips(全ては彼女の燃える唇の上に)』のアルバムとなる。

胎動なような不思議な感覚のリズムのドラム

このアルバムを最初にApple Musicで聴いたときに、Adrienne Daviesのドラムのその独特のリズムにめまいのような感覚を覚えた。この新しいアルバムを支配するのは、彼女の胎動のような不思議な感覚のリズムのドラムプレイ。もう、ディストーションも多用しなくなったDylan Carlsonのギーターは、彼女のリズムと一つになりながらリフを紡いでいく。それは線的に滑らかに進むものではなく、頻繁に中断され、引き延ばされ、空間に歪みを与えるランドスケープを生み出す。

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彼らの世界観は、曲のタイトルにも現れている。

Datura's Crimson Veils(ダチュラ<毒性の花>の深紅のベール)
Exaltation of Larks(ヒバリの飛翔)
Cats on the Briar(いばらの上の猫)
The Colour of Poison(毒色)
Descending Belladonna(落ちていくベラドンナ)
She Rides an Air of Malevolence(彼女は悪意の大気に乗る)
Maidens Catafalque(処女の棺))
An Unnatural Carousel(不自然なメリーゴーランド)
The Mandrake's Hymn(マンドレーク賛歌)
A Wretched Country of Dusk(夕闇の惨めな郊外)

*Mandrakeは根に麻薬成分のある植物

全て歌のないインストゥルメンタルで瞑想的であり同時に覚醒的でもある音楽。それでいながら自分達の演奏に淫することはない。

このレコードは、日本のAmazonの在庫で最後の1枚だったのを購入したもの。2枚組のボリュームだが、聴き始めると必ず最後まで聴いてしまう。片面20分位で終わると、立ち上がってレコードをひっくり返してまた針を落とすというブレークがいいのかもしれない。ストリーミングで続けて聴いているときよりも、より深く音楽の中に入っていける気がする。それに、聴き終わった後は意識の深い眠りから醒めたような感覚になる。

音楽を聴くことは、その音楽の振動(バイブレーション)に同期していくエクスペリエンス。その前と後ではもう同じ自分ではない。そして音楽はまた違って鳴り始める。

FULL UPON HER BURNING LIPS

FULL UPON HER BURNING LIPS

  • アーティスト:EARTH
  • 発売日: 2019/05/22
  • メディア: CD


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