Sound & Silence

本多重夫の音楽、オーディオ、アートなどについてのプライベートブログ

木製のヘッドシェルは木の美しい響きがするのだろうか - SHURE V15 Type IV で山本音響工芸のつげ材のヘッドシェルを試す

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少し前にSHUREのカートリッジM44Gを木製ハウジングにする記事を書いたが、それ以降、そのウッドハウジングのM44Gがターンテーブルの主役の座を占める時間が長くなってきた。時間を経て鳴らし込みが進んだのか、さらにディープな音を聴かせてくれている。

やはり木製は音に良いのだろうか? そう言えば、昔のオーディオアンプはウッドケースが標準だった。今使っているビンテージプリアンプのMarantz #7もウッドケースに収まっているし、70年代のサンスイやアキュフューズのアンプには木製のサイドパネルが付いていた。実際、余分な振動が抑えられるのかアンプはウッドケースに入れた方が音が落ち着く気がする。最近では木製のハウジングを使ったハイエンドカートリッジも少なくないが、おそらく技術の進歩で硬い木材でも加工精度が上がったことも関係しているのだろう。技術特性を追うハイファイ方向とは違うトレンドだが、それだけ聴き手も成熟してきということか。

さて、M44Gを取り付けた黒檀のヘッドシェルは、もともとV15 Type4を取り付けていたもので、代わりの新らしいヘッドシェルが必要。何にしようかと考えたが、V15 Type4というカートリッジはV15 Type3のように押しが強いわけではなく、繊細な表現力があるカートリッジなので木製のヘッドシェル、それも響きが良いとい木製のヘッドシェルを試してみることにした。

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選んだのは、これも山本音響工芸のツゲ材のヘッドシェル。なぜつツゲ材なのかは、長くなるが同社のサイトの説明を引用する。

ツゲ材は古くは櫛(くし)や印鑑などに使用されていた非常に良質な木材です。比重は約0.75と、桜材よりも少し重い程度ですが、木目が非常に細かく、均質でその木目は肉眼では見えないほどの細かさです。この点ではアフリカ黒檀よりも優れています。木の強度も高く櫛や印鑑のような精密な加工を施しても欠けたりしない強度と弾力性も備えています。実際に三味線の撥(ばち)にも使用されていました。最近は材料が少なくなり黒檀以上に稀少な素材となっています。弊社ではこの度、この貴重なツゲ材が入手できましたので、ヘッドシェルに使用してみたところ好結果を得ましたので製品化することに致しました。ツゲ材は黒檀よりも軽いですがその重さと強度との関係からしますとその軽さの割には強度が大きいことが特徴です。そこで比較的軽く仕上げるためにHS-1Aと同じデザインとしました。その結果、仕上がり重量は8.2gとかなり軽くなりました。一般的にトーンアームはカートリッジとヘッドシェルを含めた重量が軽いほどその動作感度は高くなります。HS-3の場合はその軽さを生かして軽めの振動系としてお使いいただくことをお奨めいたします。

実際の製品を手にすると、確かに軽いが硬くしっかりしている。それになんと言っても自然な明るい色合いで美しい。黒いアームでなくシルバーのアームならよりマッチしただろう。シェル内のリード線は付属のものから同社の極太の6Nのリード線に交換。この太いリード線は取り回しはよくないが、カートリッジの音がそのままズドンっと出てくるようで、音に勢いがあって気に入っていて、全部のカートリッジのリード線に使っている。

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残響が美しく、アコースティックソースだけでなく楽しめる

V15 Type4を取り付けてみると、これまで使ってきたの黒檀やカーボンのヘッドシェルと全く違う明るいサウンド。カートリッジも軽く、針圧も1g程度なので、Type4には軽いヘッドシェルがマッチするのだろう。この音調なら Marantz #7の内蔵フォノイコライザが合いそう。自然な低音の伸びがあり、高域の残響が美しい。いろいろと聴いてみた。

f:id:shigeohonda:20200913121925j:plain タチアナ・ニコラーエワ / バッハ フーガの技法
彼女が43歳の1967年の録音。バッハ最晩年の大曲『フーガの技法』をピアノで演奏する数少ない録音。ショスタコーヴィッチは彼女の弾くバッハの前奏曲を聴いて『24の前奏曲とフーガ』を作曲したというほど、ニコラーエワの弾くバッハには特別なものがある。一つ一つの曲ではなく全体の構成の意味を見事な演奏で描く深い洞察力は彼女ならではのもの。なので、彼女が弾くバッハを聴き始めると途中で止めることはできない。ツゲ材のヘッドシェルとV15 Type4の組み合わせでは、重くならずに軽々と音が出るピアノ強いアタックやの残響の美しさは、このアルバムをより鮮明に聴かせてくれる。

f:id:shigeohonda:20200913121947j:plain ブリジット・フォンテーヌ / ラジオのように
響きがよくなると、室内楽を中心にクラッシック全般はもちろん魅力的になるが、小編成のアンサンブルはジャンルを問わず相性がよい。アートアンサンブル・オブ・シカゴをバックに1969年にリリースされた、ブリジット・フォンテーヌのアルバム。アバンギャルでありながら、ブリジットの乾いたぶりっこボイスで語りでも歌でない独白を重ねていく。この組み合わせで聴くと低音は伸びていながら重くなく、思わせぶりな身振りは後退し、サーカス音楽風な演奏がフェリーニのアマルコルドの中での陽射しのもとでのシーンを思い起こさせる。同じレコードでも、どう聴いてみるかで印象は変わるものだ。

f:id:shigeohonda:20200913122009j:plain クセナキス / ペルセポリス
意外だったのは、変な表現だが「現代音楽のコレクションが心地よく聴けるようになった」こと。響きや残響が美的であるということは、現代音楽も耳に馴染みやすくするのだろうか。例えば。ジークフルート・パルムのチェロによるクセナキスやカーゲルの作品集は。以前はヒステリックなところがあったが、この木製シェルの組み合わせでは、瑞々しい音楽として聴ける。この写真のクセナキスの『ペルセポリス』はミュージックコンクレートというかテープのための作品で、複雑な音構造となっているが、ただのノイズではないことが分かってくる。素材に使われてる「女性のアクセサリーが揺れて出す音」が何か初めて知ったし、この作品が音の万華鏡のような魅力があることを再発見できた。

そしてもちろんECMの数々のアルバム、特に70年代から80年代のレコードの再生音は素晴らしい。ECMの録音はもともと残響が多く響きが美しいが、それがいっそう際立つ。

木製のカートリッジハウジング、木製のヘッドシェルと使ってみて、やはり「木の音」はいいものだと実感。ハイファイのワイドレンジで高解像度とは違う方向性で、もっと素朴で身体的な方向になるが、それが心地良かったりするから不思議だ。疲れているときに緑の多い公園の中で歩いているような感じというか、レコードに収められた音楽の違う面を聴かせてくれるようなところがある。

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