このJulianna Barwickを最初に知ったのもNPR.orgのアルバム紹介だった。2011年にリリースされた彼女のファーストアルバム『The Magic Place』。そのアムバムは深いリバーブの中で単純なメロディを素朴に歌う声が執拗なほどに多重処理されることで、声がエーテルなような存在に変質して放射されて聴き手はその音の波に浸されていく体験をすることになるものだった。
Julianna Barwickは最初のころはニューヨークを拠点にしていた。初期のEPにはDNAのメンバーだったIKUE MORIとのコラボレーションもある。その後は、前記のファーストアルバム『The Magic Place』、同じ傾向にある『Nepenthe』を2013年にリリース。サードアルバムの『Will』ではシンセサイザー、シーケンサーも導入され、声だけだったものから具体的な楽曲へと少し変化しつつあった。
その初期において彼女がどうやって作品を構築していたのかはこのビデオでよく理解できる。すごくシンプルな機材で、ペダルとルーパーを組み合わせて1人でコーラスを生み出し、それをAppleのGragebandソフトの上で重ねていく。こんなアマチュアな機材でも独創性があれば自分の音楽を生み出せるということでもある。
霧深い森から碧い海へ
そして4作目となるのが今回の『Healing is a miracle』。レーベル移籍、Sigur Rosのメンバーなどゲスト参加、本人の西海岸LAへの転居など、いろいろな変化がこのアルバムに反映されている。本人のライナーを読んで印象に残ったのは、このアルバムで初めてモニタースピーカーを使って録音・制作をしたという話。つまりこれまではヘッドフォンだけでモニターして制作していたらしい。
頭の中で音が響くヘッドフォンから、より空間的なスピーカーでのモニターに変わったからか、以前のように執拗なほどの声の多重処理は後退し、よりシンプルなメロディとアンサンブルでサウンドスケープを創造する方向になっている。初期の霧深い森をさまようような神秘主義的、秘境的な傾向は希薄になり、このアルバムカバーのイメージ通りに碧い海へ潜り込むかのような音の織物となっている。
ヒーリングと心地良いこととは違う
「ヒーリング」や「癒し」というと心地良いリラクゼーションのようなものと同一視されやすいが本質的に異なるもの。「ヒーリング」というのはその前に病んだ状態、傷ついた状態があって、そこから回復するための治癒力のプロセスにあるのがヒーリング。最近の言葉なら「レジリエンス」というのも近いかもしれない。
なので深く傷ついた者だけが深い癒しを得ることができる。僕は別にこういうレコードを聴いて「癒されていい気分になる」のを批判したり否定するものではないけれど、そこには本質はないように感じている。 僕の中では、このJulianna Barwickの音楽は、John Cageの一連のプリペアドピアノの音楽とほぼ同じ位置にある。ヒーリング(癒し)というのは他者とのシェアとは無縁で静かに非常にパーソナルな個人的な世界に深く入り込む必要がある。それは傷を負った自分自身との回復のための会話のプロセスでもある。そこでは音楽が無限の力を発揮する。
Healing Is A Miracle [解説・歌詞対訳 / ボーナストラック収録 / 国内盤] (BRC648)
- アーティスト:JULIANNA BARWICK,ジュリアナ・バーウィック
- 発売日: 2020/07/10
- メディア: CD