Sound & Silence

本多重夫の音楽、オーディオ、アートなどについてのプライベートブログ

John Cage / Sonata & Interludes for Prepared Piano - 喧騒の時代の小さな音の音楽

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もう長い間、 John Cage(ジョン・ケージ)の『プリペアドピアノのためのソナタとインターリュード』という作品は、僕の愛聴盤で、疲れた夜更けに聴くと心が安らぐ。静かで、聴き手の感情に絡むような人懐っこいメロディはなく、非西欧的な響きで、断片的な音の響きだけが空間を満たしているような音楽。

『プリペアドピアノのためのソナタとインターリュード』とは

この作品が作曲されたのは1946年から1948年にかけてだが、彼の作品は有名な1952年の『4分33秒』の前と後では根本的に変わっていく。1940年代のジョン・ケージは、本人も言うようにエリック・サティから影響、特に「家具の音楽」というコンセプトに深い共感を示している。また、第2次大戦前後の勇ましく喧騒な時代にあって、ケージはそうしたものに背を向け、あえて小さな音の音楽、何も声高に訴えない、断片的で、瞑想的で余白が多い音楽を生み出した。その音楽思考は東洋的な「間」の思想からも影響を受けているだろう。

この『プリペアドピアノのためのソナタとインターリュード』の響きや音の動きはガムラン的で、色彩感にあふれているが、実はその響の元となるピアノの設定は厳格に決められてる。ピアノの88鍵の約半分に釘などの金属やゴムなどをどの弦のどの位置に挟むかは詳細な指示書が存在しており、後年のチャンス・オペレーションや偶然性を中核にした作曲とは異なるスタイルをとっている。

この曲は、ケージの友人であり、ピアニストのマロ・アジェミアンによって初演されている。最近、学芸大学駅近くの中古レコード店「サテライト」で、この初演の演奏者によるレコードと高橋悠治による演奏のレコードを入手することができたので聴き比べてみると、この作品の少し違った面を知ることができた。

John Tilbury - 前衛ピアニストならではの深い理解

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ジョン・ティルバリィ(1936-)は、英国の前衛ピアニストで、コーネリアス・カーデューと親交があり、前衛ユニットAMMのキース・ローやIncrusレーベル系のフリージャズ ミュージシャンとの共演もある。

僕が最初に買ったのがこのアルバムで長年彼の演奏で聴いてきた。前衛音楽への深い理解と共感がある演奏。いかにも「現代音楽を演奏する」といった過度な緊張感やこれ見よがしな身振りはなく、むしろ客観的で自然な演奏で音楽そのものに語らせるところがあり、聴き手はすっとその音楽の風景に入っていける。今でも優れた演奏の一つだ。1974年の録音。

Maro Ajemian - 初演ピアニストの演奏

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マロ・アジェミアン(1921-1978)は、米国での現代音楽のピアニストとしてケージだけでなくヘンリー・カウエルやガンサー・シェラーなどの作品も初期から演奏している。ケージは初演者となった彼女の演奏を特に気に入っていて、晩年となってもこの曲の演奏は彼女によるものが最も優れていたと語っている。

このレコードに挟んであるメモによると、彼女が演奏が最初1950年代後半にチャーリー・パーカーなどのジャズレーベルのダイアルに録音されたものを60年代になってフランスのハルモニア・ムンディから再発されたものらしい。

録音が古いだけにレコーディング状態はそれほど良くないが、前記のジョン・ティルバリィの演奏に馴染んだ耳には、かなりドライでパーカッシブな演奏に驚く。同時代の音楽を生み出すその演奏は力強く、即物主義的というか、楽譜のありのままをそのまま表現するかのよう。リズムが明確で音のキレがよく、点描的な表現で、叙情性から距離を置くケージが長くこの演奏を称賛していた理由がわかる気がする。この曲の作曲者の基準がここにある。

高橋悠治- 作曲家、ピアニスト、ロマンチシズム

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もう一枚は、作曲家でピアニストの高橋悠治(1938 - )による演奏。高橋悠治は思想的には左派で、ただ理論だけでなく行動する左派であり、アジアへの連帯を示す「水牛楽団」を組織するなどしている。

このレコードは1975年のPCM録音。高橋悠二自身がプリペアドピアノの設定を全て行った上で演奏している。初期のデジタル録音だけあって、一番音がいい。プリペアドピアノの細かい音のニュアンスがよくわかる。これを聴くと、現代音楽には優れた録音が必要なことを再認識させられる。

高橋悠治が弾くこの曲は、聴き進めていくうちに彼の作品を聴いているような錯覚を覚える瞬間がある。それだけ演奏と楽曲が密接な関係になっているとも言えるし、この3枚の演奏の中で最もロマンチシズムを感じる。高橋悠治の演奏に「ロマンチシズム」というのも、すごく変な気がするが、この作品への深い共感のようなものがそう感じさせているのかもしれない。

ジョン・ケージの作品も時間を経て「古典」となりつつあるのかもしれないが、まだまだ理解ある聴き手が少ないし、演奏会のレパートリーとして取り上げられる機会もわずかしかない。唯一の救いは、ストリーミングで聴けることで、興味ある新しい人に届きやすくなったことだろうか?

Cage: Sonatas and Interludes for Prepared Piano

Cage: Sonatas and Interludes for Prepared Piano

  • 発売日: 2011/04/01
  • メディア: MP3 ダウンロード


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