Sound & Silence

音楽、オーディオ、アートなどについてのプライベートブログ

ミュージック / 「現代音楽」をつくった作曲家たち - ハンス・ウルリッヒ・オブリスト著

f:id:shigeohonda:20201220181608j:plain

本書の原題は『A Brief History of New Music(新音楽小史)』というもので、この原題のほうが本書の性格をよく現している。シュトックハウゼン、ブーレーズ、クセナキスといった戦後の現代音楽の大家からスティーブ・ライヒ、テリー・ライリーといったミニマリスト、トニー・コンラッド、ヨーコ・オノといったフルクサス派、ブライアン・イーノ、ラフル・フッターといったロックフィールドのミュージシャンまで多岐に渡るインタービューをまとめた本。

少し読み進めて、昔読んだ「ライターズ・アット・ワーク」という本を思い出した。これはジャン・コクトーからウイリアム・バロウズ、スティーブン・キングといった作家の創作についてのインタビューをまとめたもので、それぞれの考え方や作品の背景などを知るきっかけになった。本書の場合は著者がアートギャラリーのキュレーターであることが少し違った視点を与えていて、特に現代音楽と現代美術の関連や違いや地域や世代によるアプローチがどう異なるかなど、1950年以降の現代音楽を作曲家の言葉で俯瞰していく。

本書を通じて、改めていくつものことを理解できた。

伝統を負うもののと負わないもの

シュトックハウゼン、ブーレーズのヨーロッパの作曲家に共通しているのは、自分たちの作曲する音楽をベートーヴェン、ヴァーグナーと続く「伝統」の中で位置付けていること。20世紀のシェーンベルクやヴェーベルンの音楽やそういったレガシーをどう変革して新しい時代の音楽を生み出すのかに腐心している。

それと対照的なのは米国の作曲家で、ジョン・ケージにしても、ラ・モンテ・ヤングにしても、スティーブ・ライヒなどのミニマリストにしても、彼らは伝統を負うことなく自由に新しい音楽を生み出した。それはプリペアード・ピアノであったり、偶然性の音楽であり、東南アジアの音楽からの引用だったりしたものは、ヨーロッパでは衝撃を持って迎えられた。

クセナキスは少し違っていて、それは彼が数学者で建築家でもあり、コルビジェのもとで働いたこととも関係する。初期のコンピュータを使った数理的な作曲に取り組む一方、その演奏の場所は屋外でのイベントであったり、特別な空間のものだったりと作品と演奏場所が密接に関係している。ただ彼の独占的な性格はコラボレーションにおいて多くの軋轢も生んだようだ。

継続のための条件、難しい商業的な成功

現代音楽家と現代美術家の比較は興味深い。現代美術家にはギャラリーや美術館があり作品は頻繁にあるいは恒常的に展示される可能性を得るチャンスが高い。それは、作品が売れるというビジネス的な面でもメリットが高いし、広く社会的な名声を得るプロセスともなる。なんと言っても作曲家と比べたら作品を社会へ送り出すコストが圧倒的に低い。

それに比べて現代音楽は、コンサートホールが必要で、オーケーストラ作品になれば本番のコンサートだけでなくリハーサルにも大きなコストが発生する。そしてほとんどの場合、数回演奏されるだけ。なので、どうしても公的・私的な文化・芸術基金からの依嘱作品に大きく依存せざるを得なない。作曲のみでビジネスを成り立たせるにはかなり難しい。

ここでも米国では少し違っていて、ミニマリズム派の作曲家は基本的に自作自演なので、友人の現代美術家の展示ギャラリーで演奏会を開催するなど、最初からミクストメディア的なアプローチをとり、現代美術愛好家といった感度の高いオーディエンスにリーチしやすいし、またクラブ、エレクトロニカ、ロック、ジャズといった異なる聴き手に近づきやすい。

スティーブ・ライヒが語るように、そうしたアプローチでECMレーベルの果たした役割は大きい。彼の「Music For 18 Musicians」は現代音楽としては異例の10万枚を超えるヒットとなっただけでなく、彼の作曲家としての地位を高めることにも大きく貢献している。本書には登場しないが、同じことはアルヴォ・ペルトにも言えるだろう。ECMレーベルがなければ、アルヴォ・ペルトの宗教色のある新単純主義的な音楽が広く聴かれることはなかっただろう。

ポップと前衛

ブライアン・イーノ以降のポップアーティストへのインタビューは設問の設定を共通にしているためか話が噛み合っていないような印象もある。ただ、イーノは「アンビエントミュージック」は明確に定義している。

完全に音を浴びるような音楽、音の物理を体験すること

例としてヘヴィメタルのコンサートを上げていて、誰もギターソロを聴くのだけではなく、音の洪水に身を置くためのものだと。その通りで、ポストロックやドローンメタルは極北のアンビエントミュージックとなっている。そこではメロディやリズムや歌は曖昧な存在となってしまう。

現代において音楽の体験されているのか

今はどこに行っても音楽が溢れている、その他の音楽を上書きするためにノイズキャンセルヘッドフォンで音楽を聴く。小さな手のひらにのるデバイスからあらゆる音楽を聴くこともできる。ただ音楽は体験されているのだろうか?

シュトックハウゼンのインタビューで次の様に語っている。

音楽というのは、人々と目に見えないものつなぐ美しい力を持っているのです。なぜなら、音楽自体が目に見えないのですから。そのテーマは目に見えないのです。今日、人々の世界観はあまりに視覚的なものに頼っているので、自然の法則や宇宙の美を、音を通じて耳にし、経験することはほとんど不可能になってしまっています。

僕は、その「美しい力」を感じ取れているだろうか?


© 2019 Shigeo Honda, All rights reserved. - 本ブログの無断転載はご遠慮ください。記事に掲載の名称や製品名などの固有名詞は各企業、各組織の商標または登録商標です。