「ひび割れた懐かしさの彼方に 」というタイトルを思いついて、それがまるで間章(あいだ・あきら)みたいだと自分でおかしくなる。間章の文章を初めて読んだのはブリジット・フォンテーヌの『ラジオのように』のライナーノーツだった。まるで私小説のような独自のスタイルでライナーノーツや音楽評論を書く人で、中には思い込みが強過ぎて歪んでいるようなところもあったが、僕を含め、あの時代に彼から影響を受けた人は少なくないだろう。
デレク・ベイリー、阿部薫などのフリー・インプロビゼーションミュージックやフリージャズ、実験的なジャーマンプログレッシブロック、アンダーグラウンドパンクを日本でより多くの聴き手へ届けた功績は大きい。僕も彼の文章に出会っていなければ、そうした音楽を聴くことはなかったと思う。
この「75 Dollar Bill」というグループの音楽が、どこにも位置しない、孤独で自由な音楽を聴いていて「ひび割れた懐かしさの彼方に 」という言葉がふと浮かんできた。それは、Pitchforkのサイトで新譜のレビューを読んでこの「75 Dollar Bill」の存在を知り、YouTubeでライブの映像を見て、最近にないショックを受けたからだ。
「75 Dollar Bill」は、2012年にギターのChe ChenとドラムのRick Brownの二人によってニューヨークで生まれたユニットで、ライブによってバイオリンやサックスなどの他のメンバーが不定型で参加する形態になっている。そのサウンド本当にユニークで、単なるドローンやミニマルではなく、その中心には開放への戦いの厳しさがありがら、プリミティブで祝祭的であり、聴き手を揺さぶるグルーブ感に溢れている。それは、ギターのChe Chenがアフリカ北部のモーリタニアで学んだ非西欧的なギター奏法の影響も大きい。
この、彼らの初期の映像となる2013年にニューヨークのチャイナタウンのストリートで演奏しているビデオでは、自分たちの信じることをいきなり通りで始めるというラジカルなもので、怪訝な顔で演奏を一瞥されても、当然そんなことには全く動じない。
さらに、この2017年の26分のライブ映像にひどく心を揺さぶられた。僕にはChe Chenの吹くソプラノサックスになぜかSteve Lacyが重なってくる。背景のオルガンのドローンと相まって、それはラ・モンテ・ヤング的な様相を帯びていながら、廃墟を吹き抜ける風のような前半から、Rick Brownのリズムが入り、Che Chenがギターに変わる中盤以降、それはまた別の音風景を描いてく。
そして、2019年には同じ「I Was Real」は、七人編成のアンサンブルで演奏される。この演奏の美しさには言葉を失う。
今年リリースされたのが、この『75 DOLLAR BILL LITTLE BIG BAND LIVE AT TUBBY’S』というアルバム。バイオリンに加えサックス奏者も入り、音に厚みが増していかにも小さなクラブで演奏している一体感とグルーブがあり、それがこの演奏を特別なものにしている。音楽が沸き上がってくる瞬間に立ち会っているような、そういう高揚感がある。