Sound & Silence

本多重夫の音楽、オーディオ、アートなどについてのプライベートブログ

Tangerine Dream / The Sessions II & III - 誰もいなくなってもグループ名は残り、そしてスピリットが継承された

f:id:shigeohonda:20210801162136j:plain

Tangerine Dreamの創設者でその精神的、音楽的中核でもあったEdgar Froseが亡くなったのが2015年。もうグループは活動停止だろうと思っていたら残った3人のメンバーで復活。その新生Tangerine Dreamのインプロビゼーションの演奏だけを集めたライブ音源シリーズ「The Sessions II」と「The Sessions III」のアナログ盤がセール価格だったので興味本位で手に入れたら、これが予想以上に良かったので、その話を。

Tangerine Dreamが当時の西ベルリンでデビューしたのは1967年。最初はサイケデリックロックを聞かせるグループだったが、それがフリージャズや現代音楽の影響を受けて、アバンギャルドな演奏スタイルとなってデビューアルバム『Electronic Meditation』に結実する。

その後の1970年代前半はステージに大量のシンセサイザー、シーケンサーを持ち込み、ほとんどインプロビゼーション主体のパフォーマンスを行うエレクトロニカのパイオアニアとなった。1990年以降は創設メンバーのEdgar Froseが残り、複数のシンセサイザー奏者、女性パーカッション、エレクトリックギター、サックスまで加わり、ダンサンサブルなエレクトロニックミュージックへと方向転換し、商業的にも大きな成功を収める。

主張するもの浴びせかけるのではなく聴き手に委ねる音楽

僕が初めて買ったタンジェリンドリームのレコードはセカンドアルバムの「アルファケンタウリ」。素朴な電子音にオルガン、ドラム、フルートによる演奏で、デカルコマニーの手法でデザインされたカバーそのものの音楽だった。

f:id:shigeohonda:20210801162240j:plain

タンジェリンドリームの音楽には、この種の音楽としては珍しく、聴き手をある枠の中に閉じ込めてその音楽の主張するもの浴びせかけるようなことをしない、おおらかなところがあるのが魅力。70年代の「Atem」「Phaedra」「Rubycon」「Stratosphere」の時代も音質的にも低音がブンブン唸っていたり、金切音のような突き刺さる高音のシンセはなく、メロトロンも多用されて中域に音が集まっているミッドレンジ中心のサウンドが心地よい。その音楽を聴き手に委ねるようなところがある。80年代、90年代以降になって音楽性は変わってもそうしたアプローチは変わらず、それが多分、ずっと彼らの音楽を聴き続けてきた理由なのだと思う。

過去の繰り返ししない

Edgar Frose率いる後期のタンジェリンドリームにあっても過去の単純な繰り返しはしないところも好きだった。絶えず新しいアルバムをリリースし、正直、中には陳腐に思えるものもあったが、それでも昔の作品をそのまま繰り返したりはしなかった。過去の作品を再演するときでも、それはレパートリーの中核ではなく、ライブ全体の流れの中でかなり大胆に手を加えて演奏されていた。

それで、この新生タンジェリンドリームがどうかというと、僕の最初の印象はあまり良くなかった。メンバーは、最後のメンバーだったThorsten Quaeschning、Ulrich Schnauss、日本人バイオリニストの山根星子の3人。どうしてもオールドファンに対するサービスが必要なのか、前記した70年代のアルバムの曲の再演を含むアルバムをリリースしたりライブで演奏したりする。それがオリジナルに近く悪い演奏ではないが、80年代に生まれた彼等がその過去の繰り返しをやる必然性が感じられなかった。タンジェリンドリームの存在意味はそれではないというか …。

大切なのは、そのスピリットを引き継ぐこと

この2セットのインプロビゼーションライブをアナログ盤で聴いて、そうした不満は解消した。ライブで3人が呼応しながら、その時間の流れの中でスポンティニアスに音楽が形成されていく、そのリアルタイムなコラボレーションに委ねるスピリットこそ、タンジェリンドリームが他のエレクトロニックグループから際立たせているものだ。

f:id:shigeohonda:20210801162200j:plain

この『The Sessions』シリーズは 2017年の「I」 から2020年の「VI」までリリースされている。このレコード以外のものもAppleMusicでも聴いてみたが、『The Sessions II』の前半は特に印象的で、山根星子のバイオリンが中心にあり、ベルクのバイオリン協奏曲を感じさせるようなところもある。そうした演奏こそTangerine Dreamの名前に相応しい。創設メンバーも、往年の中核メンバーも、もう誰もいないのに、グループの名前とそのスピリットが引き継がれた稀なケースなのかもしれない。

多くの「50周年記念」を迎えたグループが、ライブで昔の人気作品を繰り返し演奏するだけの存在になってしまった中、タンジェリンドリームには過去を繰り返すのでなく、新しい音楽を生み出せる存在であってほしい。

人はいつでも未来に向かって生きていくのだから。

参考リンク:山根星子のタンジェリンドリームへの加入経緯は、以下のインタビューで詳しく語られている。

qetic.jp

Sessions II

Sessions II

Amazon

Sessions 3

Sessions 3

Amazon


© 2019 Shigeo Honda, All rights reserved. - 本ブログの無断転載はご遠慮ください。記事に掲載の名称や製品名などの固有名詞は各企業、各組織の商標または登録商標です。