Sound & Silence

本多重夫の音楽、オーディオ、アートなどについてのプライベートブログ

SRSQ / Unreal - すべてのものが暗黒の中にあっても私は太陽のからの瞬き

この1年ちょっと探していた女性シンセ、ダークウェーブアーティストのSRSQ の『Unreal』とタイトルされたレコードが入手できたのでその話を。

多くの若者、アーティストが犠牲になったゴーストシップの火災

このアルバムについて書くにはまずこの事件に触れないと。当時日本でも大きく報道されたが、2016年12月にオークランドの倉庫に住み着いた多くの若者やパーティーの参加者が火災で亡くなる事件があった。僕にとって、この事件の印象が強いのは、当時、Google、facebookやTwiitterといったシリコンバレーの企業の社員が大挙してサンフランシスコに住み始めたために家賃が数倍以上に高騰し、それまで住んでいた住人が追い出される事態となり、反発する住人がGoogleの通勤バスに投石するといった険悪なムードとなっていた時期だったこととも関係している。また、サンフランシスコの東にあるオークランドでも低所得層のエリアがジェントリフィケーションで再開発されて、既存の住民の行き場がなくなっていた。

この火事の現場となった「ゴーストシップ(幽霊船)」と呼ばれた古い倉庫には、そうした状況で居場所を失ったアーティストやミュージシャンが住み着いて中を改装し、一種のコミューンのような状態だったのだろう。このゴーストシップの火災前後の様子を伝えるCNNのニュース映像を見ると内部がどんな雰囲気だったが伝わってくる。

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この場所では、倉庫の賃貸料をカバーする目的でライブやDJパーティが頻繁に開催されており、住人が勝手に内部の電力線を繋いだり分岐させたことが原因で、電力系の発火から火災となり火が出たのと同時に照明が消えてしまったことや改装で置かれていたものが燃えて有毒ガスが発生したことで36人が犠牲となる惨事となった。

犠牲になったThem Are Us Tooのメンバー

この火事で当時ベイエリアでちょっとしたカルトデュオになっていた『Them Are Us Too』 ギタリスト、Cash Askewが犠牲となった。Them Are Us TooはボーカルとシンセサイザーのKennedy AshlynとギターのCash Askewが大学で結成したデュオで、音楽的にはエレクトリックだが、Ashlynのギターがサイケデリックな感覚を加えている。

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このYouTubeにある2016年ビデオ映像を見ると、ちょっとSyd Barrettに風貌が似た彼が、ドライバーを使ってノイズっぽいギターを演奏していて、そのサウンドは個人的には好みだったりする。ライブと比べるとリリースされたアルバムは、もっとメロディックで聴きやすくなっていた。影響を受けているcocteau twinsに似ているというか…。

事件を乗り越えて、SRSQ としてソロで再出発

唯一のメンバーを失ったKennedy Ashlynが『SRSQ (seer-skewと発音)』としてソロで出発したのがこのアルバム『Unreal』。亡くなった彼へのレクイエムのような内容で、それは同時に彼女自身が「Unreal(非現実)」を「Real(現実)」として受け入れるためのプロセスだったのかもしれない。

Preludeから始まるこのアルバムの全体のトーンはアルバムカバーやレコードスリーブの写真の通りのグレーでオブスキュアな世界。作曲と演奏を全て彼女一人で行なっている。音のレイヤーが重なり合うシンセサイザーのサウンドに彼女の歌声はきれいに溶け込んでいる。すごく心のこもった歌と演奏で、それがスピーカーから流れ来ると部屋の空気が変わってくるのを感じる。そういった特別な感覚がこのアルバムにはある。

アルバムの最後の『Only One』ではこう歌われる。

それが私を打ち砕こうとするとき
私はただやっとつかまっているだけ
それは私を打ち砕こうと毎日押し寄せる
私はできるのは、やっとつかまっていることだけ
それに流されてしまっては
もう、戻ってくることができない

すべてのものが暗黒の中にあっても
私は太陽のからの瞬き

波が私を背後から打ち砕いても
私だけがただ一人いる

このライブのリリース直後にはソロでツアーもあったようで、このアルバムの曲が演奏された音源をbandcampで購入できる。

現在はSRSQの音楽性は、もっとポップでダンサンブルにものに変わってしまったが、この最初のアルバムは何か特別なもののような気がする。


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