Sound & Silence

本多重夫の音楽、オーディオ、アートなどについてのプライベートブログ

SHUREカートリッジの交換針の今 - JICO製・無垢楕円針とナガオカ製の交換針を買ってみた

レコードを聴くにはカートリッジが必要で、その針は消耗品なのでいずれ交換が必要になる。ただ針先のクオリティやユーザーの使用状況によってその寿命はずいぶん変わる。きちんとクリーニングされた埃のないレコードを再生するのと、クリーニングをしないでそのまま再生するのでは、針先への負担が多く異なる。ダイアモンドという硬い物質であっても、埃がこびりついた状態でずっと引きずられれば摩耗するだろう。

針部分の交換ができない(本体交換になる)MCカートリッジでは、数十年以上同じ針先で使用されているケースは少なくない。針交換が可能なMMカートリッジでも長く使われることはある。例えば、僕が中古で購入したSHURE V15 TypeIII 初期型にはオリジナルの楕円針が付属していたが、40年以上を経ても針先はきれいで、再生しても音質的な問題はなかった。M75EB Type2 や M44Gでも年数を経た純正針を使っているが、これらも歪むこともなく、調子良く鳴っている。

そもそもビンテージカートリッジ向けの互換針ってなんだろう?

SHUREのような古いカートリッジを使っていると、メーカーはもう交換針を製造していないので、「互換針」に頼らざるを得ないことになる。言葉本来の意味でなら音質や周波数特性を含め本物の交換針と同じように設計されたものになるが、現実は違う。

実際に世の中にある「互換針」は、「取り付け部分の形状が同じなのでカートリッジに取り付け可能です」というものでしかない。価格的にも「音が出ればいい」という程度のものから数万円を超える高音質の無垢針やSAS針まで幅がある。

このブログでもJICO製など交換針をこれまで書いてきたけど、数年経って今では状況も変わってきた。

手頃な価格の互換接合針がなくなったJICO

JICOに製品ラインアップには独自のカスタム針(Custom Shop)と、価格が手頃な互換針(Replacement Stylus)の2種類があるが、最近のロジスティック問題で原材料の調達に問題があるのか、価格が手頃な互換針(Replacement Stylus)はほとんど在庫なしのままの状態となっている。

在庫があるのはカスタム針(Custom Shop)のみで、これは針全体がダイヤの無垢針で、針先の形状は、高級モデルのSAS針に近いものにしているらしい。高品質のSAS針や木製のカンチレバーを採用したシリーズなどもあるが、M44G用でも16,000円以上、上位のカートリッジだと2万円〜5万の価格となる。

ちょっと悩んだ SHURE V15 TypeIV用の交換針

SHURE V15 TypeIVは、品の良くワイドレンジで音楽の鳴らし方が上手いので好きなカートリッジ。4年前に購入したJICOの(低価格な方の)互換針が、針先の見た目はいいのだが、なんか乾いた生気のない音になってきた。TYPEIII用のMR針を付けたりしていたが、やはり専用の針にしようと考えて、今回記事に書いている問題に突き当たった。

V15 TypeIVのJICOのカスタム針だと22,300円。以前購入した互換針は8,000円程度だったので約3倍。2万円だと新品のカートリッジでも購入できる価格なので、正直、躊躇する。とは言っても気に入っているカートリッジなことと、無垢ダイア針だとどれくらい音が違うのかの興味もあったので、結局購入することにした。yodobashi.comで注文して1週間後に到着。

パッケージは豪華に、使い方はちょっと試行錯誤

値段が上がっただけあってパッケージも豪華(?)にサイズアップ。ここは環境負荷低減で前のコンパクトなケースと同じでもよかったに。

早速、この無垢ダイア楕円針を取付けて聴いてみた。最初はいつもと同じブラシなしの1gの適正針圧。確かに以前の交換針と比べるとサウンドステージは広くて解像度も高い。無垢針でSAS近値形状が効いているのかも。ただ、ハイファイ調だが音楽の内面の表現が弱く、たくさん音は出ているが音楽としての一体感やグルーブ感に欠ける印象。ジャンルを変えて何枚かレコードをかけたが、この印象は変わらず。僕が好きな方向とは違う。「失敗だったかな」と思いつつ日を改めることに。

数日後に気を取り直して再度チャレンジ。普段は針先のブラシは使わないが(純正よりもブラシが小さいし、ここに溜まった埃の掃除が面倒)、試しにSHURE推奨のブラシ有りで針圧1.5gを試してみる。これだと不満点は解消。やや重めの針圧のほうが、サウンドステージの広がりは抑えられるものの、サウンドの重心も安定して音楽的な表現のまとまりも改善してグルーブ感も出てきた。最終的にブラシなしで1.15〜1.2gの針圧で聴くことにで、僕が好きなTypeIVらしさが出てきた。クラシックでは1.1g、ジャズ、ロックで1.2gに変えるのもありかもしれない。こうした細かい音質調整ができるのがアナログの面白いところ。

このサウンドが聴けたら2万円以上の交換針としてまあ納得できるかも。大事に使おう。

こんなに音が良いと思っていなかったナガオカ製の互換針

もう一つ購入したのが、SHURE M75EB Type2用のナガオカ製の互換丸針。前も書いたが、このM75EB Type2はOEMで大量に生産されたこともあって中古の数も多く1万円程度で入手できるし、音楽の聴かせどころが上手いおすすめカートリッジ。手元には純正の楕円針、純正の丸針、JICO製の楕円針などがあってジャンルや録音年代に応じて使い分けている。

これも、前記の互換針を探していたときに、M75EB用のナガオカ製の互換丸針のデッドストックをyodobashi.comで偶然発見。価格も6,000円と手頃だったので購入。またこれも、カンチレバー長さや太さが全く異なり、良い意味で互換性を裏切る音を聴かせる針だった。

左から、SHURE純正楕円針(0.75g〜1.5g)、ナガオカ製丸針互換針(2.0g)、純正丸針(1.5g〜3.0g)と並べてみると、カンチレバーの長さ、角度、太さが同じカートリッジの針かと疑問に思うほど違っている。

音は純正楕円針は楕円針らしく一定の解像度はあるものの、音がばらけることなく上手くまとめて聴かせるSHUREサウンド。学生の頃にDUALのオートチェンジャープレーヤーで聴いていた感覚を思い出す。純正丸針は、エネルギー感の高い音を聴かせ、ロックだけでなく、クララ・ハスキルやヨーゼフ・シゲティなど、50年代後半から60年代の録音のクラシックも古さを感じさせないリアリティで鳴らすのところがあって面白い。

それで、あまり期待していなかった針圧2.0g指定のNagaoka製の互換針が、この純正両者のいいとこ取りをしたような音を聴かせるのでちょっとビックリ。演奏の細部も描く解像度がありながら音楽のエネルギー感やリズム感を損なわず、どのジャンルの何のレコードをかけても破綻するところがないのは、作りが真面目な日本製だからかだろうか?

(M44G用のウッドケースに取り付けた状態)

予想を超えて良かったので、デットストックがあるうちにと追加で注文して予備を確保した。こんなことなら在庫があるうちにM44G用のナガオカ製交換針も買っておけばよかったと少し後悔。

未来ことはわからない

これから5年先、10年先の互換針はどうなるのだろう。互換針というニッチな産業だが一定の需要が続けば、価格は上昇してもビジネスとして残る可能性はある。ただ、原材料の入手が困難になったり、職人の減少や制作に必要な地具や道具がなくなると難しいだろう。

あまり明るい未来が想像できないのは残念だが、今供給があるうちに、ストックして楽しみながら備えるというのが現実的かもしれない。まあ、交換針のストックより、自分の寿命のストックの方が先に尽きる可能性もあるけれど...。


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