リミックス、リマスターが続くPink Floyd。1977年にリリースされたアルバム『Animals』の2018年盤リミックスが単独でリリースされた。今、聴いているのはApple Musicの192KHz/24bitのハイレゾストリーム版。
コンセプトを変えて混迷の末のリリース
この『Animals』はPink Floydとしては異色のアルバムで、最初と最後に申し訳程度のアコースティックナンバー「Ping on the wings」以外の3曲はテンションの高いハードロック。
もともとこのアルバムに収められた「Dog」「Sheep」は、それぞれ1974年のツアーから「Gotta Be Crazy」、 「Raving and Drooling 」としてライブでは頻繁に演奏されてブートレグでも流通していた。この時期で「Gotta Be Crazy(Dog)」は、歌詞を含めほぼ完成した状態。「Raving and Drooling (Sheep)」は曲はほぼ完成しており、歌は最初と最後だけで中盤はリック・ライトの長いムーグソロを含むインストナンバーだった。
これらの「Gotta Be Crazy(狂ってしまえ)」、 「Raving and Drooling(狂人とたわ言) 」といったナンバーは、メンバーのロジャー・ウォーターズが米国ツアーで演奏中にファンから唾を吐きかけられるという事件がきっかけになっている。
「Gotta Be Crazy」では、
オレが混沌の中にあることを認めよう
まるで子供じみた混乱に頭を突っ込んでる
オマエは迷路から抜け出したって信じてるだろう
でもオマエは、まだ、知り合いからオメデタイ奴と言われるフリをし続けてる
でもオマエは、まだ、恋人や友人を敵みたいにナイフを突きつけている
痛みでいっぱいの家で生まれたヤツは誰だ
自分の曲を演奏するために送り出されたヤツは誰だ
ファンに唾を吐きかけられたのは誰だ
電話口で死んでたのは誰だ
石に引きずられたのは誰だ
と歌われ、 「Raving and Drooling 」では、
からっぽで怒りに満ち、ヤクでぼんやりするのはどんな感じがする?
皆んなでやれば大丈夫という幻想と
顔を拳で殴られるとの中間でバラバラになるのさ
と歌われている。
ただ、こららの曲をアルバム化するには、相当な紆余曲折があったようだ。すでに新曲を含むブートレグが大量に出回っていることや「狂気」の大成功により、バンドには次回作への大きなプレッシャーがかかっていたことは間違いないだろう。
1974年ツアーで演奏されていた「Shine On You Crazy Diamond」は、一足先に『Wish You Were Here』のアルバムで2分割されて収録されたが、「Gotta Be Crazy」、 「Raving and Drooling 」は見送られた。そして1975年のツアーでこの2曲はオープニングナンバーとして演奏され続けることになる。
結局、最初のコミュニケーションの断絶をテーマとすることは放棄されて、新たに「Pig(豚)」を加え、「Gotta Be Crazy」はタイトルを「Dog(犬)」に、「Raving and Drooling 」はアレンジと歌詞を全面的に書き換えて「Sheep(羊)」にされて「犬」「豚」「羊」をコンセプトにした『Animals』として1977年1月にリリースされることになる。
2018 Remix - 昨日録音されたかのような音の鮮度
このリミックス版はストリーミングで聴いても音の鮮度が上がり、ワイドレンジ化され、ボーカルが鮮明で歌詞が格段に聞き取りやすいし、効果音やオーバーダブの分離が良く、あらゆる音を聞き逃すがの難しいほど。ベースとドラムは重量度を増して今日的なサウンドに変わってる。
こうした処理は「Pig」では特に有効で、この曲の諧謔味がより説得力をもっているし、「Sheep」中盤でのボコーダーを含む演奏がクリアで空間的な広がりも向上している。ただ、あまりにあからさまになったために「Dog」が「Gotta Be Crazy」時代から持っていたドラマ性、悲劇性といった雰囲気は減退してしまった印象がある。
正直、このリミックスには否定的なスタンスではなく、今日的な表現でこのアルバムを新しい聴き手にはいいだろうとは思う。
2年後の1979年にリリースされた『The Wall』は ロジャー・ウォーターズのワンマンアルバムでバンドは崩壊していたことを考えると、『Animals』はデイブ・ギルモア、リック・ライトが最後の踏ん張りを見せたフロイドのアルバムとなった。
その不安定さが、全体を覆う独特の緊張感を生んでいるのだろう。「神秘」から続くピンク・フロイドの時代の終わりを告げている。