Sound & Silence

本多重夫の音楽、オーディオ、アートなどについてのプライベートブログ

Tim Hecker / Dropped Piano - 屋上から投げ捨てられるピアノの白鳥の歌

いつもアナログレコードのことばかり書いているけど、もちろんCDも購入するし聴いている。CDにはCDの音世界があって、特に透明度の高いサウンドは現代音楽や音響系のアンビエントには合う。あと分かったことは、僕が聴くような音楽は数十万円以上する高級なCDプレーヤーよりも、20年くらい前のちょっと個性がある5万円〜10万円程度の製品が向いている。音のリアリティなのか、音楽のリアリティなのか、そういった感覚の話。

このTim Hecker (1974 -)の『Dropped Piano 』はずっとCDを探していて、Disk Unionのウオントリストに入れておいたら、ようやく中古で手にすることができた。Tim Heckerはカナダのサウンドアーティストで、様々な音源をデジタル処理して作品として統合していく。なのでアルバムによってかなり性格が変わってくる。その制作プロセスが彼のスタイルなのであって、音楽的な表現がスタイルになっているわけでない。

僕もそうだが、彼の作品が広く注目されるきっかけなったのが、2011年にリリースされた6枚目の『Ravedeath, 1972』というアルバムだろう。教会のパイプオルガンの演奏をデジタル処理で変容したり、他の音響とミックスしたり、それに断片的なオルガンとピアノのメロディがオーバーラップしたり、ミニマル的なもの、ドローン、ノイズ的なところと耽美的ものが同居している。近年のこのサウンドの後継者はKali Maloneかもしれない。

僕が探していた『Dropped Piano 』は、このアルバムの制作過程のピアノ主体のサウンドスケッチのようなもので、多重録音された素朴なピアノの演奏やフレーズにリバーブ、エコーやディストーションなどの音響処理が加えられている。この作品に惹かれるのは。、そのスケッチというタイトル通り、あまり作り込まれる前の無垢な素材の美しさがあるから。Harold Buddの作風に近いかもしれない。ただ、Harold Buddのような人肌の温度感はなく、Tim Heckerの音楽はもっと冷たい。どんなに大きな音で聴いても冷たいまま。

アルバムカバーとなった、男たちが屋上からアップライトピアノを投げ落とそうとしている写真がどういう意図のものか調べてみると、米国MITで学生が寄付された(使えない)ピアノを屋上から落とす「The Baker House Piano Drop」という1972年から始まった学生イベントらしい。元は「窓からものを投げてはいけない」という校則に対して。「屋上から捨てるなら違反にならないだろう」という、なんともラフな話から始まったようだ。ビデオもある。

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そうした事実はさておき、このくすんだモノクロ処理された写真が見るものに与えるイメージは、楽器のピアノが非情にも屋上から投げ捨てられるという不条理と不安。落ちた時の、ピアノの悲鳴ようなすごい叫び声。

このアルバムのピアノの旋律は、屋上から落下するピアノのスローモーション映像のサウンドトラック。ピアノへのレクイエム。ピアノの白鳥の歌。


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