その存在や内容、評価は知っていても実際に聴いたことのないアルバムというのが何枚もある。興味が持てなかったり、そのアルバムやアーティストに対してバイアスを持っていたり、その理由はさまざま。このデビッド・クロスビーのファーストソロアルバムもそうした一枚で、僕のターンテーブルに乗るまでに随分と時間がかかった。でもそれはそんな時間の流れを必要としたのだろう。
もちろんCSN&Yの『4 Way Street』や『Deja Vu』のアルバムは持っていて、それなりに繰り返し聴いていているが、僕にとってはニール・ヤングしか印象になく。正直残りの3人にはあまり関心がなかった。それが変わったのは2018年にデビッド・クロスビーの『Here If You Listen』というソロアルバムをApple Musicでなんとなく聴いたことがきっかけ。
それが年齢を感じさせない清々しいアルバムで、あの切なさを含んだ高い声もそのまま。『1974』『1967』というタイトル曲があったりジョニ・ミッチェルの『Woodstock』のカバーがアルバムの最後だったりするが、それが湿っぽいノスタジアではなく、もう何か悟ってしまった人ような、時間の流れから開放されているような透明感がアルバム全体を覆っている。
そんなデビッド・クロスビーの最初のソロアルバムが、この1971年にリリースされた『If I could remember my name .... 』。CSN&Yのメンバーをはじめ、Jefferson Airplan、Santanaのメンバーやジェリー・ガルシアも参加する当時のオールスターバックだが(同じ時に彼らもアルバムの録音で別のスタジオにいたとか)、アルバムそのものは彼のパーソナルでインティメートなものになっている。
このアルバムの成立には、彼がガールフレンドを交通事故で亡くしたことが影響を与えている。このアルバム全体に垂れ込めるトーンはレクイエム的なものを感じさせるが、また同時にそうした心の痛みからの解放をも感じさせる。それは時代的には60年代のヒッピームーブメントの挫折と再生へも繋がっているのかもしれない。
それに、なんと言ってもアルバムも透明感があって美しい。ニック・ドレイクのアルバムや『エコーズ』を含むPink Floydの『おせかっかい(Meddle)』のアルバムと同列に語られるのも分かるし、アシッドフォークの名盤として挙げられるものもっともなのだろう。ただ、このアルバムにはそれ以上のものがあるように思う。
アルバムはセッション風の『Music is Love』で始まる。おそらく歌詞もアドリブだったのではないか、穏やかな時間の流れを感じさせる。ただ、2曲目以降はシリアスな楽曲が続く、A面最後の『Laughing』は、このアルバムの中核となり深い失意が歌われる、
光を見つけた思った
この暗い夜と全ての闇から
導いてくれる光を
でもそれは間違いだった
それはただの影の反射にしか過ぎなかった…
それが僕が見たものだった
アルバムの最後は短い2つの祈りの曲で締め括られる。『Orleans』はフランス語で歌われる古い曲でハーモニーが美しい。ゴシック教会の中で響く歌声のよう。そして最後はスタジオで即興で歌われた『I'd Swear There Was Somebody Here(私はそこに誰かが在ったこと誓う)』という声明のような鎮魂の曲で、事故で亡くなったガールフレンドに捧げられたものだろう。美しいが、その美しさは祈りだからなのか、深い悲しみだからなのか、その両方だからなのか、アルバムの最後にこの曲が流れるたびに、深い感情が湧き上がってくるのを抑えることができない。
ちなみにこのアルバムはオーディオ的にも素晴らしい。僕が入手したのはオリジナルの米国盤だがスタジオのリアルなサウンドが伝わってくる。ストリーミングやCDとは違う、レコードならではのサウンドスケープを聴かせてくれる。
参考情報: BBC Radio4の番組「Mastertapes」で彼がこのアルバムについて語るのを聞ける。

If I Could Only Remember My Name
- アーティスト:CROSBY, DAVID
- 発売日: 2004/06/01
- メディア: CD