Sound & Silence

音楽、オーディオ、アートなどについてのプライベートブログ

Patti Smith / Radio Ethiopia - 詩人の痩せた女の声が頭の中で鳴り響く

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今振り返ると、Patti Smith(パティ・スミス)とはいったい何者だったのだろう? 何年か前にボブ・ディランがノーベル文学賞を受賞したときに授賞式だったかで、緊張した面持ちでディランの曲を歌う彼女の姿は僕が昔聴いていたパティ・スミスとは全く別人のようで、つらくなって映像を最後まで見るのをやめてしまった。

パティ・スミスは1946年生まれだから、このアルバムをリリースの1976年には既に30歳で、当時のニューヨークパンクとしてとは、随分「大人」だったことになる。それ以前の彼女はニューヨークで写真家のロバート・メイプルソープと彼がまだ無名だった頃からロマンスがあり、彼女はクラブでバックを従えてのポエトリーリーディングで注目されるようになっていく。

そして、パティ・スミスと彼女のグループはアリスタレーベルと契約して元ベルベットアンダーグラウンドのジョン・ケールのプロデュースで1975年にファーストアルバム『Horses』をリリースする。余談だが、アリスタというレーベルは当時ルー・リードやイギー・ポップとも契約があったが、メインストリームレーベルが遅れてニューウェイブに波に乗ろうとしたところがあり、なんとも中途半端なところがあったが、その後の展開を見ると、むしろそれがパティ・スミスには合っていたのかもしれない。

これも余談だが、ジョン・ケールが女性をプロデュースすると、自分のイメージのフレームに押し込むようなところが強くあり、例えば彼がプロデュースしたニコのアルバムは、必要以上にダークで重いものになっている気がするし、『Horses』もいかにも誰もがイメージするエキセントリックなスタイルになっていて、こうした雰囲気を好む人にはいいかもしれないが、僕にはあまりにも作為的に感じられた。

異端のアルバム 『Radio Ethiopia』

パティ・スミスと彼女のグループのセカンドアルバムとして1976年にリリースされたこの『Radio Etiopia』は、彼女のキャリアの中で最も異色な作品で、当時のニューヨークパンクムーブメントの中でもユニークな位置にあるだろう。

端的に表現すれば、ヘヴィでアバンギャルで先駆的なポストロックアルバム。このアルバムはプロデューサーはエアロスミスのアルバムでベストセラーを生み出したジャック・ダグラス。このアルバムのサウンドトーンはエアロスミスの『Rocks』のオープニングナンバー『Back in the saddle』のサウンドを彷彿とさせるもので、地下の広いガレージでバンドがひたむきにガンガン演奏しているようなライブ感に溢れている。それは一曲目の『Ask the Angel』の出だしのレニー・ケイのギターのカッティング、Whow-wo-と歌い始めるパティの声の響からバンド、そしてその時代のバイブレーションが伝わってくる。

少女たちは白いドレスで
少年たちは白いものを打ち込む

と歌われる『Ain’t It Strange』は暗い汚水の中を這うようなレゲエナンバー、薬物の感覚の『Poppies』、少女のような声で歌われる救済者を待つ『Distant Fingers』。プロデューサーのジャック・ダグラスが素晴らしいのは、歌詞とバンドの演奏が一体となり物語を紡ぎ出されていくこと。それは最後の『Radio Ethiopia - Abyssinia』で頂点を迎える。そこでは、歌でも語りでもないパティ・スミスの「声」とバンドの演奏が渾然一体となり、その混沌がエネルギーの塊となって聴き手の押し寄せてくる。そして、パティの声は頭の中でぐるぐる回り、バンドの演奏は最後に引き潮のように消えていき、そうやって『Radio Ethiopia』は静寂に返っていく。

このアルバム以後は、ブルース・スプリングスティーンと共作した『Because the Night』のヒットやトッド・ラングレンをプロデューサーに迎えてのアルバムなど、商業的に大きく成功する路線に転換する。それは前記したようにアリスタレーベルにとっても既定路線だったのだろう。2度と『Radio Ethiopia』のようなアルバムが作られることはなかった。

一点を見つめる横顔の存在感の強さ

『Radio Ethiopia』はアルバムカバーデザインもいい。黒を基調に文字間の狭いコンデスンスドフォントで書かれたバンド名とタイトルが一点を見つめる彼女の写真の持つ緊張感をいっそう高めている。パティ・スミスは正直に言って美人でもないし、体つきも貧弱だが、ポートレートになると圧倒的な存在感を示す。それは、彼女のアルバムがどれも本人のポートレートである理由の一つだろう。

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このアルバムには、『Radio Ethiopia』についての詩とも散文ともつかないカットアップのようなライナーノーツが付属していく。過去何度か読もうしたが途中で投げ出してしまった。ジャケットの裏側には、シュールレアリストのアンドレ・ブルトンの小説「ナジャ」の一節が引用されている。それが、このアルバムの存在を一番的確に表現しているのかもしれない。

「美とは痙攣であるか全く存在しないかのいずれかである」

Radio Ethiopia [12 inch Analog]

Radio Ethiopia [12 inch Analog]


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