Sound & Silence

本多重夫の音楽、オーディオ、アートなどについてのプライベートブログ

禍の科学 - 正義が愚行に変わるとき / ポール・A・オフィット - 時代の空気やメディアに惑わされないこと

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著者は米国人で医学博士。フィラデルフィア小児病棟ワクチン教育センター長。科学や医学は人の救うため、病気や貧困を解消し、より良き世界とするための効果的な手段。しかし、人は間違いを犯す。ノーベル賞を受賞したような学者でも人命を脅かす間違いを犯す。それは独善であったり、虚栄心が背景にある。また、新聞やテレビなどのメディアは、それが誤ったものであるかどうかの精査はそこそこに、時の政治体制へアンチテーゼであったり、時流にのるものであれば大きく取り上げて大衆を扇動する(割烹着を着た女性の細胞学者や耳が聴こえないはずだった作曲家のことを覚えているかな?)。

本書のオリジナルタイトルは『PANDRA’s LAB - Seven stories of science gone wrong - (パンドラの研究所 - 科学が道を誤った7つの物語)』。次の事例をもとに、どうしてそれが行われたのか、なぜ誤ったことが喧伝されて大衆が信じてしまったのか、どうすべきであったのかを分析している。

  • 人を痛みから逃れ幸福にする薬
  • 心臓病を低下する食べ物
  • 食料危機を解決する肥料
  • 障害のある人をなくし豊かな社会をつくる
  • 自閉症やうつ病などの病気を撲滅する手術
  • 昆虫や鳥を大切にする環境保護活動家
  • 長生きにつながる錠剤

人を痛みから逃れ幸福にする薬は、アヘンのこと。アヘンの鎮静鎮痛作用だけを有効に利用できないと、知恵を絞りヘロインからオピオイドまで100年以上研究されるが、いずれもが中毒という罠から逃れられない。

心臓病を低下する食べ物は誤った情報から生み出されたが、その誤りが正されるまでにあまりに多くの時間が無駄にされ、健康被害がおきた。

食料危機を解決する肥料 として窒素肥料が開発し農業に革命的な収量増をもたらし、飢餓を解決したことでノーベル賞を受賞したユダヤ人科学者が、一方では毒ガスを開発し、ユダヤ人収容所で虐殺に使われたチクロンBにまで使われるという皮肉。

障害のある人をなくし豊かな社会をつくるためには、障害のある者や虚弱な者、性的病癖がある社会の底辺の人々を取り除く必要がある、との主張が社会に広く受け入れらたという時代があった。それはナチス以前の米国、欧州、そして日本でも例外ではなかった。学者や主要メディアもその考えを後押し、断種手術が正義として強要された。

自閉症やうつ病などの病気を撲滅する手術として脳の一部を切り離すロボトミー手術が精神病や自閉症治療の切り札として多数実行される。結果は単により深い障害を負っただけか、最悪の場合死亡した。

昆虫や鳥を大切にする環境保護活動家が書いたドラマチックな小説がメディアで賞賛され、反政府的な環境保護の声が大きくなって政府もその圧力から安価で安全だった殺虫剤を禁止してしまう。その結果は、それまでその殺虫剤の散布によってマラリアから救われた多くの命が失われてしまうことになる。

長生きにつながる錠剤だとして健康のためにビタミンの摂取が推奨される。それはエスカレートして通常の1万倍の濃度のものがガンを予防して長寿になるとして大量に処方されたり、販売される。その結果は、逆にガンが増えて、ホルモンバランスを大きく崩して慢性的な体調不良を発生させた。

これだけ読むと「そんな馬鹿なことを信じるなんて...」 という印象を持つが、同じようなことは今でも繰り返し起きている。

ワクチンで99%防げる病気なのに、例外的な症状をいたずらに大きく取り上げてワクチン接種を阻害したり、過激にCO2排出を攻撃する環境保護派のカリスマ少女は、結局、途上国から安価な燃料を取り上げて、バッテリの製造や破棄の環境負荷には何も触れない。自国政府に反抗的な民族を強制収用所に入れて人種浄化を行う政府。などなど、今でもきりがなり。

ではどうしたら、そんなことに惑わされず、正しい考えを持てるのだろうか? 

データを正しく見ること
そのデータは充分広い範囲から集められているか。少数の結果から自説を裏付けるものだけに目を向けていないか。その結果は再現可能なものか、に注意すること。

100%の安全性を求めず、効果を正しく判断する
ワクチンであれ、システムであれ100%の安全性はない。大切なことはそれが代償に見合うだけの効果があるかを正しく判断すること。5%の副作用があっても95%の人に有効なものを止めてしまうべきではない。一番愚かなことは100%安全でなければ認めないという「ゼロトレランス」の状態となること。

時代の空気に流されない
情緒的な表現で訴えるもの、それに便乗するメディア、プロバガンダの主張に乗せられないこと。大抵の場合、それは別の何かの意図がある。

手っ取り早い解決策に走らない
ビタミンCでガンが治るとか、10分の手術で治るといった、直ぐに解決が得られることに飛びつかないこと。

量しだいで薬は毒にもなる
体に良いと言われるものでも過剰に摂取すれば害になる。反対に水銀や放射性物質であっても少量であれば害はなく、むしろ防腐剤や消毒作用として有成性が高い。水だって一度に何リットルも飲めば脳に障害を及ぼす。

用心することにも用心を
必要以上の用心は混乱を招く。甲状腺ガンの大規模調査や遺伝子検査でガンがわかるといった宣伝で、治療が不要なガンまで大量に見つけ出して本来不要な検査や治療を行うことにどんな意味があるか? 過剰な環境保護活動が本来の生態系を壊したり、そこに住む人たちの健康を脅かすことは正当化できるのか?

背後にいるヤツに気をつけろ
健康や社会を改善するというカリスマ的で弁がたつ人物の主張には気をつけること。自説を強化するためのデータしか提示しないときはなおさら。多数の科学的で統計学的に認められる検証がなされているか?

今、大切なことは過去の過ちから学んで、それを繰り返さないこと。メディアや政治が過去からの教訓に学ばないとき、一人一人が正しい見方を身につけることはより重要になる。

禍いの科学 正義が愚行に変わるとき

禍いの科学 正義が愚行に変わるとき


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