Sound & Silence

本多重夫の音楽、オーディオ、アートなどについてのプライベートブログ

RCA Victor - LIVING STREO - 音の良いクラッシックレコード - 異国の地で母国を想う

学芸大学の中古レコードのお店「サテライト」に寄ったら、オーディオファイル向けの高音質クラシックレコードがどっさりあって、RCA VictorのLIVING STEREOシリーズの再発盤からこの2枚を選んだ。

RCA VictorのLIVING STEREOシリーズとは

このLIVING STEREOシリーズとは、その名前の通りステレオ録音の黎明期となる1950 年代から1960年代にかけてクラシックからポピュラーまで幅広いジャンルでリリースされており、RCAの家庭向けハイファイシステムの販売促進も兼ねていたのだろう。60年前とは思えないクリアでワイドな優秀録音盤が多いことが知られている。

その中でもシカゴ交響楽団をトップレベルのオーケストラに育て上げた指揮者のフィリッツ・ライナー(Fritz Reiner, 1888/12/19 - 1963/11/15日)の一連の録音は現在でも高く評価されており、CDでの全集もリリースれているようだ。

Bartok / Concert for Orchestra (1958年録音)

フィリッツ・ライナー自身もハンガリー出身であることから、当時ナチスから逃れて米国に渡ったものの困窮していた同郷の作曲家、バルトークを支援し、作曲の依頼を仲介したりしていた。そんなバルトークの晩年の作品が病気での中断を挟みながら1943年に完成した『オーケストラのための協奏曲』。

当時のバルトークの置かれた状況を反映したような憂うような重苦しい雰囲気で始まりながら、母国ハンガリーへの強烈な郷愁が湧き起こり、最終楽章では民族舞踏の速いリズムで別れを告げていくように終わっていく。もう生きて母国に戻ることはないことを悟ったかのようなところがある。

この作品は昔から好きな楽曲のひとつで、指揮者やオーケストラ違いで何種類も持っている。これまではピエール・ブーレーズがCBSに残した録音を愛聴していたが、このフィリッツ・ライナーの指揮はそれを上回る好演といえる。フィリッツ・ライナーが同郷であることの強みなのか、バルトークへの友情が成せる技なのか、楽曲への共感が深い。分析的な指揮のブーレーズとは対象的。

録音も1958年とは思えない鮮度の高さとダイナミックレンジの広さで、このシリーズが高音質と称えられるのも納得できる。この再発では180g重量盤になっているのも効いているのだろう、安定感のあるサウンド。シカゴ響のシャープでキレの良いアンサンブルもこの作品にマッチしていしるし、何より音楽に勢いがある。

THE RINER SOUND / Ravel, Rachmaninov (1957年録音)

フィリッツ・ライナーの自分の名前を冠した「THE RINER SOUND」というアルバム。ジャケットに写っているのが本人だが、庭園でスコアスタンドの前に座るその風貌はどう見ても「羊たちの沈黙」に出てくるレクター博士にしか見えない。彼は相当厳しい指揮者だったようだ。その一方で実力主義に徹しており、女性のオーケストラメンバーの比率が非常に高かったとも言われている。

このアルバムにはA面にラベルの『スペイン狂詩曲』と『亡き王女のためのパヴァーヌ』、B面にラフマニノフの『死の島』が収録されている。ラベルのようなフランスの作曲家の作品も野暮ったくならずに、非常に洗練された響きを聴かせる。『亡き王女のためのパヴァーヌ』のメロドラマに陥らない清楚な表現は、この作品のベストの演奏の一つかもしれない。

Arnold Böcklin - Die Toteninsel II (Metropolitan Museum of Art)

ラフマニノフの『死の島』は、画家アルノルト・ベックリンの同名の作品にインスパイアされた音楽詩的な管弦楽作品。絵画の『死の島』はいくつかのバージョンであるようで、最初に描かれたのは1880年。イタリアのフィレンツェにある英国人墓地の島をモチーフしているとされている。この絵画は19世紀から20世紀にかけてヨーロッパでは非常に人気だったようで、アドルフ・ヒットラーはベックリンの信奉者でこの絵をベルリンの総統官邸に飾っていたとされている。死者の棺を載せた小舟が暗い島に到着しようとするところを描いた作品の世紀末的な無常感が、あの時代に空気に共鳴していたのだろうか?

この曲がレコードに録音されたものは非常に少ない。フィリッツ・ライナーがなぜこの楽曲を取り上げたのかはわからないが、その演奏は作品への深い理解が伝わってくる。遠くから小舟が島に近づき、最後は大きな嘆きのような旋律で終わっていく。このアルバムも録音は素晴らしい。オーケストラにオン気味の収録で、音楽の表情を積極的に捉えるアプローチが成功している。今は空間的な表現が中心で、あまりこうした録音はトレンドではないので余計にそう感じるのかもしれないが。

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僕が街の中古レコード屋さんを好きな理由は、一つのお店でいろんなジャンルのレコードが入れ替わり現れること。ある日はサイケデリックロックがたくさんあったり、現代音楽だったり、ジャズだったり、そして今回のようなクラシックの高音質盤だったりと。一期一会という大袈裟なものではないが、そうした自分が普段見ることのない、いろんなものを手にとって触れることができるのが、一番の魅力になっている。


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