時間が空いてしまったけど、Ear Has No Lid /1 に収録した楽曲について。その前に少し長くなるけど、なぜソフトウェアシンセサイザーをメインに制作しているのかに触れておきたい。
シンセサイザー個人史
最初にシンセサイザーを強く意識したのは、1971年前後に英国アンダーグラウンドバンドのHawkwindを聴くようになってからで、彼等の空間的なシンセやオシレータの使い方に強く影響を受けることになる。Gongも同じようにシンセサイザーでサイケデリックなアトモスフィアを生み出していて、その流れで、初期のTangerine DreamやKlaus Schulzeのアルバムやシュットック ハウゼン、クセナキスの電子音楽やミュージックコンクレート作品へと聴く対象が広がっていった。
そして1979年になると比較的な手頃な価格のシンセが登場することなり、パンク、ニューウェーブムーブメントの中でシンセサイザーの使われ方も変わってくる。John Foxx、Gary Neuman、Cabaret Voltare、Throbbing Gristelなどでは、曲の雰囲気や方向性を決める中心的な役割を担うようになる。
社会人になって、実際にシンセサイザーを手にするのもその頃。世界にはパンクムーブメント余波が続き、東京ロッカーズ全盛期。10万円前後で買えるようになった、Korg MS-20、シーケンサーのSQ-10, Roland SH−2、初めてカセット4トラックレコーダーだったTEAC 144などを手に入れて、アパートの一室で黙々と制作し、時には友人のニューウェーブバンドで演奏したりもしていた。後には中古のMulti MoogやProphet-5を導入するまでのめり込んだものの、20代というのは生活が色々変わる時代でもあり、最後はあっけなく終わることになる。
ソフトウェアシンセサイザーをメインとする理由
ハードウェアシンセの最大の魅力は、やはりその実態感のある重厚な音質と、実際にノブやツマミを手で触れて操作するフィードバックにある。「演奏して音楽を作っている」という実感を強く感じることができるのは、ハードウェアならでは。
一方、ソフトウェアシンセサイザーというのは、過去の著名なハードウェアシンセのエミュレーションから始まったこともあって、「代用品」というイメージが強く、「ハードウェアよりも格下のお手軽なもの」として扱われがちなところがあった。自分の中でも最初にMS-20やArp OdesseyのアプリをiPadで演奏したときは、よくできていると感心したが、それだけで真剣に音楽制作をしてみようとは思わなかった。
転機になったのは、M2のiPadProがリリースされたことと、macOS、iOSでAudio Unit v3(AUv3)というオーディオプラグインの仕様が確定したこと。それによりiPadのインターフェースを生かしたハードウェアでは不可能なユニークなシンセサイザーが多数登場することになる。AUMやLoopy Proといったアプリを使えば、AUv3対応の音楽アプリを相互を組み合わせることが可能なり、演奏、制作から録音までiPad上だけで一貫した制作ワークフローを構築できるようになった。
M3のMacbookProも持っているので、Ableton LiveやLogic ProというプロフェッショナルなDAWを導入する選択もあるけれど、それは今の僕の中ではちょっと違和感がある。そういった完成されたものよりも、もっとラフでパンクっぽいというか、ガレージロック的な「制限された環境で作り出す音楽」というのを今はやってみたい。
それに、iPadProの大きい画面に直接触れて操作すると、ハードウェアシンセとソフトウェアシンセの両方のメリットが享受できるようなところがある。制作途中の状態を一時保存して、別のアプローチを試すといった試行錯誤がやりやすい。物理的なパッチケーブルや接続ケーブルも存在しないので作業も早いし、デスク上が混沌とすることもない。
今のiPad Proは真剣に音楽制作に取り組める環境になっていて、外部のハードウェアのMIDIコントローラーを準備しなくても、iPadOSで動作するMIDIソフトウェアで十分にその役目を果たせるし、ソフトウェアなので必要な機能、数の分のフェーダーやスイッチを自由にレイアウトすることができる。
Ear Has No Lid /1 に収められた作品について
ファーストCDに収録された3曲は、今年の1月から6月にかけて作られたもので、どれも最初から使用するソフトシンセの種類や全体の方向性のアイデアはあったものの、スコアや明確な形はなく、リニアに最終版まで進んだものではない。キーボードで演奏したり、シーケンサーで連続演奏させながら、音色やサンプリングを足したり、引いたり、エフェクターの種類を変えてみたりと、陶芸家がろくろを回しながら形を整えるように、少しずつ形になっていった。
a dream within a dream(夢の中の夢):
これは、簡易型モジュラーシンセのRipplemakerとパイプオルガン音源のCatorinaという2つのアプリが中心。それにMellowsoundというメロトロンアプリの女性コーラスが加わる。RipplemakerとCatorinaは、複数のRozeta Colliderというジェネレーティブシーケンサーを通じて演奏され、全体はImaginandoのLK MIDIコントローラーで操作される。
AUMやLKは、DAWのように各パートを録音して静的に固定するものではなく、各要素を動的に操作しながら演奏する楽器の一部ようなもので、作曲する過程というのは、毎回演奏してそれを聴きながら調整することになる。なので、録音するのも、実際に最初から最後まで操作して演奏するので、同じものは2度とない。
その演奏を繰り返しながら、浮かんできたストーリーは次のようなもの。「眠りにつくとき、何時間か後に目を覚ますことを疑うことはない。しかし、年齢を重ね、年老いていけば、いつか二度と目を覚ますことはない最後の眠りとなる夜が訪れる。その夢の中で最後の夢を見ることになる。」
under her breath(囁く声):
この曲は、各種音源のプラットフォームとなっているDecent Samplerで、ロシアの民族楽器のドルマ(DORMA)のサウンドを聴いたことから始まる。民族楽器を聴くとその土地や風土が凝縮されているようにいつも感じる。
このドルマを爪弾く音をループにして、エフェクト処理によって非常にゆっくりと変化させて、川の流れを見ているように静かな音楽を作り出している。それは、あらゆるメディアで大きな声が響き渡り、隠れる場所がない今の時代へのアンチテーゼでもある。
an awakening of an ocean(覚醒した海):
これは数音を異なる音色、倍音、音源を繰り返して重ね合わせることで、大きな音の波を作りだすドローンサウンドのエクスペリメント。リゲティやメシアン、あるいはSunn O))) にインスパイアされている。
音源は、Decent SamplerのドロワーオルガンのサンプルとストリングシンセのStrng AUの2種類。Strng AUは、パラメータを変えることでディストーションギターのフィードバックのようなサウンドを生み出す。この曲もLKでコントロールされている。
この曲を作り始めた最初から、アンドレイ・タルコフスキーの映画「ソラリス」へのオマージになりそうな気がしていた。ドローンがあの映画の惑星ソラリスの表面を覆う、覚醒して「思考する海」の映像に重ね合わされて行く。
Disk UnionでのCD取り扱いも開始
この自主制作ファーストCDは、DiskUnionでの取り扱いも決定。以下のオンラインショップで8月28日から販売予定。一部店舗でも取り扱いがあるとのこと。
CDを作ったことでつながりが広がりそうだ。