Sound & Silence

本多重夫の音楽、オーディオ、アートなどについてのプライベートブログ

The Ecstatic Music of Alice Coltrane / アリス・コルトレーン - 音楽はスピリチュアルな言語

2021年にAlice Coltrane(1937-2007) の『Turiya Sings』について書いたが、それ以前の2017年にこんなアルバムがリリースされていたのは知らなかった。タイトルもストレートに『The Ecstatic Music of Alice Coltrane』というもので、今年、ボーナストラック付きでアナログ2枚組で再プレスされた。

激動の時代を生き抜いたアリス・コルトレーン

このアルバムは内側がライナーノーツになっていて、ジャズを中心とする音楽歴史家、ジャーナリストのAshley Kahnによってアリス・コルトレーンの人生や宗教との関わりが記されている。

簡単にまとめると、アリス・コルトレーンは1937年にデトロイト生まれで、ピアニストしてモダンジャズに傾倒し、音楽キャリアはギタリストのケニーバレルのセッションなどで始まっていく。1959年頃にパリに移住するが離婚を経験し、子供たちを連れてデトロイトに戻る。

その後、ヴィブラフォン奏者のテリー・ギブズのユニットに参加してニューヨークのバードランドクラブで、ジョン・コルトレーンと共演することで未来の夫と出会う。当時、アリス・コルトレーンは25歳。1964年に「A Live Supreme」を録音し、瞑想を行い、スピリチュアルな方向に進むジョン・コルトレーンの東洋思考の影響を受ける。しかし、夫、ジョン・コルトレーンは、肝臓がんで1967年に他界。30歳で彼女は4人の子供を抱えた未亡人となる。

アリス・コルトレーンは、1968年にはハープの演奏を学び、ハープという楽器をジャズにブレンドし、インドの楽器やWurlitzerのオルガンと特製のトーンモジュレータで独自の音楽表現を切り開く。夫の盟友だった、ファラオ・サンダース、チャーリ・ヘイデンをはじめ、オーネット・コールマン、ロン・カーターという著名ジャズミュージシャンとの共演、あるいは、同じインド繋がりでカルロス・サンタナとの共同名義のアルバムを精力的にリリースしていく。

この時期の僕の印象は、とにかく力があり、タフなプレイができるミュージシャンだということ。ジョン・コルトレーン、ファラオ・サンダースに負けないピアノを長時間演奏するだけでも相当な体力だし、カルロス・サンタナとの共演でもかなりアグレッシブなオルガンプレイを聴かせてくれる。

彼女のスピリチュアルの探究は続き、1969年にインドで修行し、ヒンズー教の一派であるヴィシュヌ教(宇宙、世界の維持、平安を司る神)に帰依し「Turiyasangitananda」の名を得て、1972年に、彼女自身のセンターをカリフォルニアに設立する。それからは、音楽を作り、祈り、歌うことで神と信者と結びつける宗教のための音楽活動が中心となっていくことになる。

ちなみに「Turiyasangitananda」の意味をChatGPTに尋ねてみたら、サンスクリット語で、「the transcendent fourth state of blissful song(至福の歌の超越的な第4次元)」の意味とのことだった。

スピリチュアルで恍惚的な音楽とは

アリス・コルトレーンが設立したセンターでの活動の一環として、彼女が信者のためのリリースした何本かのカセットのマスターテープから収録されたのがこの2枚組のアルバム。彼女が設立したスタジオは最新のデジタル録音の設備を整えていたようで、音質もすこぶる良い(ちなみにそのスタジオは、Guns N'RosesのUse Your Illusionの録音でも使用されたとか)。ヴィシュヌ教は祈り、歌うことで献身する。なので神を讃える数多くの音楽が作られた。

『Turiya Sings』が他の要素を廃したピュアなオルガンと歌だけの作品集だったのと違い、この『The Ecstatic Music of Alice Coltrane』は非常にカラフルなサウンドスケープで聴くものを魅了する。

1曲目の信者のリズミックなチャントにオルガンやシンセが重なっていく「Om Rama」の冒頭を聴いただけで、恍惚的なサウンドスケープに圧倒され、その音楽はカラフルでエネルギーに溢れている。この曲はA-B-A形式で、最初はチャントで始まり、中盤ガラッとテンポが変わり男性の声で敬虔な祈りの静的なパートを経て、終盤は再度リズミカルなチャントに戻っていく。

楽器の演奏はほとんどアリス・コルトレーン一人の、ボーカル、オルガン、シンセサイザー、ストリングアンサンブルによるもの。シンプルで抑制された墨絵のような美的世界の『Turiya Sings』とは違い、眩いばかりの陽の光を浴びるかのような音楽ばかりで、特に上下するグリッサンドのシンセサイザーのサウンドはサイケデリックな感覚を呼び起こす。確かに音楽だけでもスピリチュアルで恍惚的な体験を聴き手にもたらしてくれる気がする。それは、ある種の幸福感のようなもので、はサンスクリット語がわからなくてとも、ある種のバイブレーションで伝達される。

それは心の中のリハビリのようなもので、普段は意識しない心の領域に響き、言葉ではない感情を呼び起こす。あらゆる音楽にはそうした側面があるけれど、このアルバムは、より強いエネルギーで訴えかけてくる。

『私が音楽の中で非常に深く精神的につながるのは、音楽は単に音楽の言語ではなく、スピリチュアルな言語だからです。私がその言葉で表すのは、人生の中での、あるいはスピリチュアルで神との日々の中での、深い感情や経験なのです。』
-アリス・コルトレーン Turiyasangitanand

shigeohonda.hatenablog.com


© 2019 Shigeo Honda, All rights reserved. - 本ブログの無断転載はご遠慮ください。記事に掲載の名称や製品名などの固有名詞は各企業、各組織の商標または登録商標です。