Sound & Silence

本多重夫の音楽、オーディオ、アートなどについてのプライベートブログ

Einstein on the beach / Philip Glass - 大晦日の新しい習慣にしたい

フィリップ グラスの『Einstein on the beach(浜辺のアインシュタイン)』は、1976年に初演された3時間半位およぶ4幕のオペラというか音楽劇で、ミニマルミュージックの大きな可能性を開花させた革新的で歴史的な作品。初演から50年近い時間を経て、ようやくこの音楽への理解が進んだようにも感じる。

僕は最初、NHK-FMで断片的に聴いただけだったが、1990年頃に米国出張でバークレーにあったTowerRecordsでCBSからリリースされたCD4枚組を購入して、初めて全体を通して聴くことができ、そして圧倒された。

最近、YouTubeでこの2022年11月に行われた演出なしの演奏会形式での全曲演奏を見て、当時の感覚をがよみがえってきた。この曲の再演の中では、極めて優れた演奏と思う。場所は、ドイツのハンブルグの有名なエルプフィルハーモニーホール。この作品で重要な語り部を務めるのは、なんと、スザンヌ・ベガ。

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指揮者を含む演奏家や合唱団もラフな服装ながら、こうした音楽への深い理解がある熱演で3時間半があっという間に感じられる。演出がない分、音楽に集中できるからかもしれない。なんといっても、人が歌い、語り、演奏するダイナミズムに圧倒される。特に2時間30分過ぎあたりの第4幕の演奏は素晴らしく、中でもシンセサイザーサウンドの多様とフルートによる即興演奏部分とそれに続くソプラノのソロから終盤への展開はライブならではのもの。

「浜辺のアインシュタイン」というタイトルだが、内容はアインシュタインの伝記ではない。20世紀の偉大な「知」としての象徴であり、語られる物語は寓話的と言ってもいいものばかり。特に3時間半の演奏の最後に登場する「KNEE5:Lovers on a park bench(公園のベンチの恋人達)」は、素朴な愛によるこんな寓話。


月明かりの下
公園のベンチに恋人達が
体を寄せ合い、手を握りしめて
座っている。

彼らはただ黙っていて、言葉は必要としていない
だから、体を寄せ合い、手を握りしめて、公園のベンチに座っている

彼女が口を開く
「ねぇ、ジョン、私ことどれだけ愛しているの?」
彼が答える
「どれだけ愛しているかって? 空の星の数ほど、ティスプーンで海の水をすくう数ほど、浜辺の砂粒の数ほど、数えることはできないほどだよ。」

公園のベンチに恋人達が
体を寄せ合い、手を握りしめて
座っている。

「ジョン、キスして..」
彼は彼女の方を向き、温かい唇を重ね合わせる。


そして、音楽はそこで終わる。

日本では、毎年、年末にベートーヴェンの第九があちこちで演奏されるが、今の時代に、あの勇ましい、民族主義的な作品は相応しいのだろうか? その代わりに、この『Einstein on the beach(浜辺のアインシュタイン)』を聴くのはのはどうだろう? 世界を救えるのは人の「知」と「愛」ではないだろうか?


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