僕が初めて動くマイルスデイビスを見たのは1973年にNHKの「世界の音楽」という番組で来日公演の放送を見たことだった。その時の映像は今でもYouTubeで見ることができる。
演奏が始まってからステージの緞帳が上がる演出は今では考えられない。マイルスは異様に大きい肩パッドが入ったジャケットに赤いボトム、スカーフを首に巻き、大きなサングラスというファッション。他のバンドメンバーもジャズというよもロックバンド、ファンクバンドのような自由な雰囲気。マイルスはバンドメンバーに何度を指示を送って演奏をコントロールし、自分は下を向いてワウワウペダルを操作しながらエレクトリックトランペットを吹く。ステージ上の音響機材は全てYAMAHAがスポンサー。
この時期のマイルス・デイビスのグループはかなりリズミックで、前年にリリースされた『In Concert』にも聴けるように、リズムを追求していたのではないか。マイルスと並ぶほど重要な役割を果たしているのがギターのピート・コージー。アフロヘアに髭までアフロでキメて、ジミ・ヘンドリックスばりにギターをかきむしる姿は、何かが憑依しているよう。とにかく、ファンションも音楽も当時の僕には衝撃的で、白人が作り出す音楽とは全く違う次元のものがあることを思い知った。
そして2年後の1975年にもマイルス・デイビスのグループは日本を訪れ、大阪フェスティバルホールでの昼夜2公演がそれぞれ別々のライブアルバムとしてリリースされる。それが『Agarta(アガルタ)』と『Pangaea(パンゲア)』。なんといっても数年に及ぶツアーと様々な音楽スタイルで鍛えられたグループの成長は著しく、サウンドの重厚感が増しており、ある種の「凄み」すら感じさせる。
彼のアルバムは『Bitches Brew 』は霧に覆われた大地の向こうから聴こえてくる新しい地平の夜明けの胎動のようであり、また『Live-Evil』や『In Concert』はアフロ的、祝祭的でカラフルな音楽だった。それに比べると、この『Agarta(アガルタ)』や『Pangaea(パンゲア)』は、来日前年1974年の録音の『Dark Magus』とともに音楽はソリッドになり異教徒的、神秘主義的な趣が加わり黙示録的な様相を帯びてきている。マイルスとそのグループが創造する音楽は、単にコンサートで聴く音楽というよりも、より壮大なイニシエーション体験に等しいかもしれない。
そうした高エネルギーの放射を繰り返すような音楽の演奏がマイルスの健康を蝕んでいったのも避けられないことだったのだろう。実際、この大阪公演の昼の部『Agarta』では調子が良かったマイルスが夜の部ではひどく体調を崩していたという証言もあるようだ。それでもマイルスはグループを鼓舞し、その音楽を『Pangaea』の中に閉じ込めた。
個々のメンバーの演奏はマイルスの意図を即座に理解し変幻自在に音楽を進めるエンジンとなる。ピート・コージーの音楽的な成長は著しく、エレクトリックギター、電子音、パーカッションで、ジミ・ヘンドリックスとシュトック・ハウゼンが一人の人間の中にいるよう。もちろん、レジー・ルーカスもムトゥーメもメンバー誰もが素晴らしい。ジャズ、ロック、ブラックミュージック、現代音楽などが混然一体にマッシュアップされたこのサウンドには、確かに『PANGAEA』や『GONDOWANA』という太古の分離前の超大陸の名称がふさわしい。
今持っているのは、数年前に重量盤で買い直したもの。当時購入した日本盤との比較は出来ないが、重量盤らしく生々しい音を聴かせてくれる。アルバムカバーにも「可能な限り最大音量で聴くように」とまるで、ヘビィメタルのアルバムのようなメッセージが書かれているが、実際に大きな音で聴くと、そのリアリティは一層高まり、観客席というよりもステージ上のバンドの中で聴いているようだ。
デザイン面では横尾忠則がデザインした『Agarta』ばかりが話題になったが(最初の発売の時はペンダントのノベルティもあった)、田島照久によるこの『Pangaea』のカバーもその音楽をよく表現している優れたデザイン。写真の選択やトリミング、レイアウトのリズムやトーンがこの中のミステリアスな音楽にマッチしている。
僕がマイルス・デイビスに最も共感するのは、「繰り返さない」ことと「過去を振り返らない」こと。マイルスほど若い頃から成功したジャズミュージシャンであれば、「クールの誕生」や「スケッチオブスペイン」を繰り返しているだけでも、いやそのほうが、安泰な生活が遅れただろう。ただ、彼はそんなことには一切興味がなく、メディアや評論家の批判には目もくれず、ただ自分が信じる音楽だけに突き進んでいった。
『Pangaea』を聴く度に、どんなに満身創痍でも、エネルギーを振り絞って、音楽を前へ進めようとするチカラに胸を打たれる。それがこのアルバムをただのライブアルバムとは全く違う次元のものにしている。
- アーティスト:Miles Davis
- 発売日: 2008/05/13
- メディア: CD