オーロラサウンドは、ハイエンドの管球式セパレートアンプやルンダール製の高音質トランスなどの高品質パーツを使用したLCR型のフォノイコライザなど、国内外で評価の高いオーディオ製品を作り出している独立系ベンダー。代表の唐木氏はグローバルなビジネスマンであると同時に現役のブルースギタリストでもあり、その製品の音楽的な表現にも定評がある。メーカーの代表が楽器を弾くミュージシャンでもあるというのは日本では珍しいかもしれない。
MM Expander AE-10とは
そんなオーロラサウンドが11月にリリースしたのが、このMM Expander AE-10。開発の主旨は、SHUREなどのビンテージMMカートリッジは負荷抵抗や負荷容量の値に幅があり、プリアンプのMMフォノ入力にそのまま繋ぐとマッチングの問題が発生してカートリッジ本来の良さが生かされれず、ハイ上がりになったり音が荒れたりするので、それを適切な値にコントロールしてからフォノ入力に送ること。それを実現したデバイスとなる。
なので、プレーヤーのアームからのケーブルをこのMM ExpanderのInputにつなぎ、OutputからアンプのMMフォノ入力につなぐことになる。MM Expanderとアンプの間のケーブルは通常の高品位なRCAケーブルで問題なく、特にフォノ用専用ケーブルである必要はないようだ。
オレンジの大きなボタンはミュートスイッチで、針を盤面に上げ下げするときに音を止めるもの。針を置いたときの「ボツッ」という音を止められるわけですごく便利。
Cartridge Load(抵抗値)は6段階に切り替えが可能。通常MM型は47KΩの標準設定だが、カートリッジの特性やアンプ側のフォノ入力の組み合わせにより、適切で好みと思われる値に聴感上で調整してかまわない。基本的に抵抗値の値を小さくすると高域特性が下がるハイ落ちの状態になる。下げ過ぎると明らかに音が痩せてしまう。再生していて、高音がキツく、クセが感じられるようなときは、23KΩ、15KΩと下げていって調整していく。
Capacitance(負荷容量)も特性に影響を与える。特にSHUREのカートリッジはこの負荷容量の値が音質に影響してくる。負荷容量が大きいほど5KHz - 10KHz付近が強調されてくる。例えば、M44Gは470pFと負荷容量が大きく、後年のV15 TypeVとなると220pF程度となる。なので中域に勢いが欲しいときは負荷容量を大きく、強調感のないフラットが方向なら値を200pF, 100pFと小さくしていく。ただ負荷容量はケーブル込みなので、これも聴感上の好みで合わせていっていいかと思う。
Stereo / Mono切り替えは単純に左右の信号をミックスしているのではなく、レコードの溝の左右縦方向の振動度をキャンセルするようで、ステレオ針であっても余分な左右の信号をカットしてモノラル信号としてくれる。モノラルだけでなくステレオ盤をこのスイッチでモノラルにして聴いてもいい。GND liftは、モノでハムがでるときにアースを切るためのもの。ハムノイズがあるときに使用する。
参考までにSHUREのカートリッジのメーカー公称の負荷抵抗/負荷容量は次のようになっている。
- M44G - 47KΩ/450pF
- V15 Type3 - 47KΩ/400pF
- V15 Type4 - 47KΩ/250pF
- V15 TypeV MR - 47KΩ/250pF
Marantz #7のフォノイコライザの魅力が活かせる
そもそもこのMM Expanderを導入しようと決めたのは、ビンテージプリアンプのMarantz #7のフォノイコライザをちゃんと使ってみたいというのが目的。1959年製の真空管プリアンプ Marantz #7にはNF型のフォノイコライザが搭載されており、これが時代を感じさせない美しい再生音で、音楽を凝縮して聴かせるところがあって素晴らしい。ただシンプルなMM入力専用で調整がなにもできないため、どうしてもカートリッジやレコードによっては荒いところが目につくところがあるのが悩みで、それもあって負荷抵抗や負荷容量が変更できるLuxmanのE-250フォノイコライザを導入した経緯がある。ただE-250もいいのだが、切り替えは本体背面のディップスイッチなので、再生しながら簡単に切り替えて聴き比べるのは難しかった。
そこで見つけたのがこのMM Expander。フォノ入力の手前に余分なものを入れるのに少し抵抗はあったが、考えてみればフォノイコライザの中でやるか外でやるかの違いだけ。実際に、MM Expander経由でMarantz #7のフォノ入力から再生された音は、調整する前なのに音のエッジのトゲトゲが取れて、ずいぶんなめからな音になった印象。中で使われているパーツもいいのだろう。あばれた感じが無くなったせいか、音楽の細部もより鮮明となった。
V15 TypeV MR(JICO SAS針):まずSHUREのハイエンドからスタート。公称は負荷抵抗:47KΩ/負荷容量:250pFなので、47kΩ、220pFのポジションにセットする。クラウス・テンシュテット指揮、ロンドンフィルの『リヒャルト・シュトラウス/最後の4つの歌』のドイツ盤を聴く。弦楽器に少しアクセントがつくが嫌みではなく、ソプラノの歌声が大きくなっても破綻せずに音楽の抑揚を見事に描き切る。いつもよりボリュームを上げてもうるさい感じは全くない。ルチア・ポップの艶と張りのある歌声が響く。こんな風にオペラや歌曲が聴けるのは嬉しい。高音がキツいと感じるレコードがあれば、負荷抵抗を23kΩに下げてもいい。値を変えると直ぐに音が変化するので調整しやすい。
V15 Type3 初期型(SHUREオリジナル針):メーカー公称が47KΩ/400pFのところ、オーロラサウンド社の推奨だと負荷抵抗:15KΩ/負荷容量:330pFが推奨されている。負荷抵抗の15KΩというのは随分低い値。それだけ高域がダラ下がりになってくるはず。なるほど、この値に設定してきくと、クセなくフラットで分離がよく、ボーカルの表現は明らかに向上する。ピアノのリリカルな演奏の再生も上手い。Type3はこんなにきれいな音がするのかと思うほど。しかしソフトになる一方ではなく、音楽の芯はしっかりしていて、低域の伸びもよいのでオールラウンドにいけそうだ。
僕にとってはコレクションの大半を占める昔の日本盤をそれなりに良い音で聴けることは重要で、そうした用途にもあっている。例えばこのジョン・マフラフリン率いるマハビシュヌ・オーケストラの1973年ライブ盤もうまく再生できないと演奏が混濁したナローレンジな感じになってしまうが、ここでは技巧的なインタープレーの音の重なりをダイナミックに再生してくれる。このメンバーでのマハビシュヌ・オーケストラで演れることはやりきってしまったことが理解できる。
M44G(DiskUnion針):M44Gカートリッジは普及価格帯の製品でありながら、今でも多くのリスナーに愛されている20世紀のオーディオ製品の大傑作一つあることを認めない人はいないだろう。公称は47KΩ/450pF。MM Expanderでも同じく負荷抵抗:47KΩ/負荷容量:470pFが推奨。このMM Expanderを通すと音のざらつきは皆無で音のバリがとれてM44Gの素性の良さを活かしたままカートリッジのグレードが上がったかようだ。少し抑えてBGM的に聴きたい時は負荷容量を330pFまで下げるといい。
1979年リリースのスージー&バンシーズのセカンドアルバム『Join Hands』(日本盤)を聴く。アルバムの出だしの鐘の音からただ成らぬ雰囲気を感じさせ、このアルバムで脱退してしまうジョン・マッケイのフランジャーを多用したギターサウンドが暗い雲のように覆い被さっていく。もうパンクロックの域を超えており、このダークで先鋭的なサウンドが後のポストロックやゴシックロックに与えた影響は非常に大きいだろう。このアルバムの単純で重いリズム、神経質で焦燥したギターサウンド、そしてスージーのエキセントリックなボーカル、暗いエネルギーの塊をM44Gは見事に再生する。
結局、音楽を聴いている
こうして聴き比べをしながら、オーディオシステムは結局、音楽を聴くためにあるものだということを再認識した。僕の好きな音というのは、いわゆるハイエンドオーディオのワイドでフラットなものでない。その音楽が持つ背景や空気感のようなものやメッセージが伝わってくる音なのだ。それを生み出すのに、このMM Expanderは重要な役割を果たしそうだ。
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