Sound & Silence

本多重夫の音楽、オーディオ、アートなどについてのプライベートブログ

東芝音楽工業の赤盤 - 「赤盤は音がいい」というのは都市伝説なのか

東芝から独立した東芝音楽工業は60年代から70年代始めにかけて赤い色のレコード「赤盤」を出していた。クラッシック、ジャズ、ロック、歌謡曲などのジャンルを問わずLPもシングルも赤いレコードでリリースされていた。僕がレコードを自分で買い始めた1972年頃は一部で残っていたが、赤盤と黒盤が混在したような状況だった。 僕が赤盤を意識するようになったは主に中古レコードを買うようになった80年代以降、当時はそんなに中古価格も高くなかったので、同じレコードで赤盤と黒盤があれば珍しさもあって赤盤を買い求めていた。

東芝の赤盤とは

東芝の赤盤は、レコードの袋にも書いてある通り、埃が付着しにくいように帯電防止材をレコード原料に混ぜたもので、「エバー クリーン レコード」という名称がつけられていた。ただ、帯電防止材を入れたからレコードが赤くなったのではなく、一種の高品質レコードのブランドイメージとして赤く着色されたのだろう。その後は、黒いレコードであってもだいたい帯電防止材は原料に含まれている。

1970年の大卒初任給が4万円の時代にレコードは2,000円したわけで、レコードを買うのはすごく贅沢な娯楽。単純に換算すると20万円の給与でレコード1枚が1万円することになる。なので赤盤は「特別な楽しみ」に相応しいものだったのかもしれない

東芝音楽工業は英国EMIから技術者を招聘して川口市に建設した工場でレコード生産を始め、「赤盤」はこの川口工場でプレスされたレコードとなる。通常の黒盤はその後に作られた工場でプレスされ、赤盤、黒盤が混在して流通した時代があったのは、その両工場が稼働していた時代に限られるようだ。ちなみに1973年にリリースされたピンク フロイドの「狂気」には赤盤は存在しないので、そのころには赤盤の製造は終えていたと思われる。

赤盤と黒盤の比較試聴 、赤盤は音がいいのか?

よく「赤盤は音がいい」と言われる。特にビートルズファンは、東芝から発売されていた国内盤だと赤盤の時代がいいと言う。その理由に赤盤は日本盤の初版だから良いという説もあるが、前記したように赤盤は10年以上製造されていて、赤盤でも何度も再プレスされているも多い。実際にビートルズではOdeonレーベルでも、Appleレーベルでも赤盤は存在している。

試しに所有している同じタイトルで赤盤と黒盤を聴き比べてみよう。 この1971年のピンクフロイドの アルバム「おせっかい(Meddle)」は、左が当時自分で購入した黒盤、右が80年代に入ってから中古レコードで入手した赤盤。レコード番号は同じもの。両方ともバキューム式のレコードクリーナーで洗浄してから再生してみた。

注意しておきたいのは、赤盤と黒盤を聴き比べるというのは、カッティングされたマスターは同じはずなので、レコードのプレス工場の違い、プレスされる環境の違いを聴き比べることになる。

黒盤: 昔から聴いてきた安心して聴ける馴染みのあるサウンド。バランスがいいし、そつなくまとまっていて、これだけを聴いていれば充分に満足できる音質だろう。とにかくウェルバランスで東芝らしい音。

赤盤 改めて意識して聴いてみると、出だしの「One of These Days」のベース音が低い方まで伸びているし、黒盤よりもリアルなサウンド。エフェクト処理や途中のニック メイスンのセリフも明快。ギターのディストーションの歪み具合もよく分かるし、全体的に華のある深いサウンドになっている。同じマスターからでもここまで違うのかという印象。

この比較だと赤盤に軍配が上がるが、バランス良いまとまりは黒盤にあり、工場の違いというか、どういう風にレコード上に音楽を収めるのかの取り組み方の違いも関連しているような気がしてきた。

英国盤との比較だとどうなるのか

参考までに同じアルバムの英国盤とも聴き比べてみた。英国盤はHarvestレーベルでマトリックスは1U/1U。

英国盤は解像度が高く、音楽の細部への見通しもよく、さすが英国盤ならではの音質と風格。どの曲でも破綻することがなく安心して気持ちよく聴いてられる。上品な表現とも言えるかもしれない。

クオリティからすると、英国盤 / 赤盤 / 黒盤 という順番になりそうだが、この「おせっかい」が一番ロックっぽいのは赤盤。フロイドが求めていたサウンドは英国盤の音なのだろうが、僕は重量感のある赤盤の勢いがある音が好みかな。音のいいFM放送を聴いているようなバランスの良い黒盤は、英国盤のニュアンスに近いとも言えそうだ。

手頃な価格なら赤盤もいいかも

僕のレコードラックにはクラッシック、ジャズ、ロックの東芝赤盤が30枚位あるが、音の傾向については同じような印象を感じている。70年代後半、80年代に再プレスされたものよりも赤盤の方が音楽の表現が強い。純粋にハイファイという観点からは、少し違うかもしれないが、聴く楽しみはある。これは勝手な想像だが、東芝のレコード工場で生産していた人たちも音楽を大切に考えていたのではないだろうか。 東芝の赤盤は日本のレコード文化の重要な一部であることは間違いない。

参考情報


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