Sound & Silence

本多重夫の音楽、オーディオ、アートなどについてのプライベートブログ

The Band / Music from Big Pink - 救いのない世界へ向けた絶望的な絶叫

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実は僕はごく最近になるまで「名作」と呼ばれるアルバムを聴くことをずっと避けていた。その理由はその「名作」に過去、あまりに多くのおひれが付いてしまっているから。

1960年代から80年代の日本のロックジャーナリズムは、英語のハンディ(アーティストと直接英語でやりとりできる評論家はごく一部)やレコード会社や海外在住知人経由の限られた情報しかないこともあり、評論というよりも教条主義的で排他的なものだった。 特に、中村とうよう氏のニューミュージックマガジン(NMM)周辺はその色が濃く、デラニー&ボニーやバンド、オールマン、ブルース関連はそう。その読者も同様に説教臭く、僕は年代的に年下だったこともあり、よく批判されたものだ。もっと自由に音楽を聴きたい自分とは全く相入れなかった。

僕にとっては、英語が堪能でアーティストとも直接話ができファッションも洗練されていた今野雄二氏、先入観や予備知識ゼロの状態から英文のライナーや海外音楽誌を読み解いて自分でその音楽に近づこうとした植草甚一氏や、評論というよりも私小説かエッセイでしかない文書を書いた間章氏の方が、よほど好きだったし、よく読んだものだ。

それからずいぶん時間が過ぎ、当時の評論家よりも僕の方がずっと年上になり、昔のそうした不快な記憶も薄れてきて、「自分が聴いていない音楽」として聴くことがようやくできるようになった。

そして買ってみたのが、「彼等」の聖典だった1968年にリリースされたThe Bandの「Music from Big Pink」。最近再発された180gプレスの高音質盤の中古も2,000円ほどだったが、それよりも800円で売られていた昔の国内再発盤を購入したのは単に安いだけでなく、そのライナーノーツがどんなものか興味があったからだ(ライナーノーツはNMM常連の小倉エージだった)。

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このアルバムの子供の絵のようなイラストはボブ・ディランが描いたもの。内側のメンバーの写真はまるでアーミッシュの住民のような風貌。当時のサイケデリックなグループではないことを主張するために、こうしたカバーや写真のデザインとしたらしい。ただ、演奏会に乱入する大きなゾウ絵や内ジャケットの写真下部の大きな赤いキノコはサイケデリックそのものなんだが......。

それで、アルバムに収められた The Bandの音楽には確かに聴き手を揺さぶるものがある。おそらくスタジオで一発ライブ録音のようなスタイルだったのだろう、ある種の緊張感が一貫してあり、それが音楽に時間を経ても変わることない息吹を吹き込んでいる。

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歌われている歌詞の内容は、あまりに聖書の引用が多すぎて正直よくわからない。もちろん読み物として聖書を読んだことは何度もあるが、「To Kingdom Come」が曲のタイトルだったり、「The Weight」では「私がナザレにいたとき、死んだように疲れていた」と歌い出されても、それをどう受け止めていいのか、クリスチャンでない僕には実感がわかないのだ。

ただ、彼等が真摯に自分たちの音楽に奉仕していることは伝わってくるし、このアルバム全体を覆っている重さはまるでゴルゴダの丘に十字架を背負って歩むキリストのようだ。このアルバムは、あの切々と歌い上げられる「I shall be released」で終えるが、それは救いのない世界へ向けた絶望的な絶叫のように僕には聴こえる。

それが、発売から50年以上を経た2019年の夏に聴いた「Music from Big Pink」が教えてくれた普遍的な真実かもしれない。


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