昔のような頻度ではないが、ときどきリアルの中古レコード店に出かけて行くことがある。たいてい、いつも何か欲しいものや聴いてみたいものがあって、レコードやCDを何枚も買って帰る。でも、ごくまれに買いたいものが何もない、というときがある。
それはあまり良い状況ではない。「あっ、これこれ」といったひらめきやがなく、どのレコードを手に取っても、ときめきも感じないほどに疲れているのか、体調を崩す兆候なのか、燃え尽き症候群の前兆なのか、単に一時的な不調なのか? 実際にその後で具合が悪くなったこともある。
先日、久々にパタパタとレコードを見ていても虚無感がある状況になって、「これは良くないない」と直感することがあった。そこでどうしようか、と考える。潔く何も買わずに手ぶらでお店を出るという選択もあるが、それだと何か自分の気持ちをつないでいる糸が切れてしまうような気がして、やはり何か買おうと棚を見回して選んだのが、このTim Buckley のアンソロジーCD2枚組。すでにTim Buckleyのレコードは何枚か持っているが、こうした気分のときは好きなアーティストのベスト盤を買うのが、失敗や後悔の心配のない精神的な避難所になる。
Tim Buckley(1947-1975)は28歳で早逝したアメリカのシンガーソングライター。後年、その息子のJeff Buckleyも同じ年齢で水難事故で亡くなったのは運命のいたずらだったのか。
Tim Buckleyは1966年にデビューするが、最初はソフトロックスタイルだった。2枚目の「Goodby and Hello」12弦ギターを弾くフォーク色が強くなった名盤。3枚目以降は徐々にサイケデリックとジャズ、特にフリージャズや前衛音楽の影響が強くなり、彼のドラマチックな歌唱とフリーキーなバックが独特のアトモスフェアを作り出していた。この時期の『Lorca』は自分にとって重要なアルバム。亡くなる直前はSex Funkというか、赤裸々な歌詞をファンクバンドで歌うような方向に進んでいく。
短い活動期間で振幅の大きい音楽性がこの2枚組のアンソロジーに凝縮されている。1枚目から2枚目へと時系列に作品が並んでいて彼の変遷がよくわかる。いつもギリキリのエッジの上で奇妙にバランスを保とうとする彼の姿を見るかのようだ。丁寧に作られた、こうしたアンソロジー には1枚、1枚のアルバムとはまた違う魅力がある。
このアンソロジーの最後の曲は、モンキーズのTV番組にゲストで出演したときの 『Song To The Siren(セイレーンへの歌)』が音源が収められている。
船の影ひとつない波間に漂い
キミが歌う瞳とその指が
僕をキミの島に誘ってくれるときまで
最高の微笑みを見せようとした
精魂尽き果てるまで
キミは歌った
『ワタシのところへ、ワタシのところへ
アナタを抱きしめさせて
ワタシはここ、ワタシはここ
アナタを抱きしめたいの』
と彼は歌う。お店に入っても何も欲しいものがないときは、もうセイレーンの歌声が聞こえなくなってしまっているんだろうか?