Sound & Silence

本多重夫の音楽、オーディオ、アートなどについてのプライベートブログ

Kraftwerk / Trans Europa Express - クラフトワークはドイツ語で聴かないと

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このエントリーを書こうとしばらく前に思ったら創設メンバーのラルフ・フッター(Ralf Hütter)が亡くなり、追悼記事がたくさん出て、それに便乗するような印象となるのも嫌だったのでちょっと時間を置いていた。

そもそもKraftwerkは、ラルフ・フッターとフローリアン・シュナイダーが、デュセルドルフのシューマン音楽大学で出会ったことが起点となっている。当初はフルートと自作の電子楽器、ドラムといった組み合わせで実験音楽的なものをやっていたが、そのフォーマットが大音量のギター、ベース、ドラム、大袈裟な仕草、という所謂ロック的なものが全く欠如した、「新しい時代の音楽」としてドイツ国内で注目を集め始める。デビュー当時の映像を見ると、ヒッピー然とした垢抜けない感じの男性が何やら演奏している風でしかない。

ドイツ人としてのアイデンティティの覚醒

結局、従来からのドラムは放棄して初歩的な電子パーカションとリズムマシンを導入することで、彼等のブーレクポイントとなった「Autobahn(アウトバーン)」が制作される。このころはほとんど歌詞らしい歌詞はなく、安っぽい無機質なビートの上を電子音が線形のメロディをつないでいくだけの単純な構成で、その単純さが当時米国で新興メディアだったFM放送で繰り返し流されたこと(アメリカのあの単調で真っ直ぐ続くハイウェアを運転するテンポにあったのだろう)で、米国で大ヒットするという事件が起きる。

通常のギター、ベース、ドラムというバンドフォーマットでは劣等生だったドイツロックを電子楽器によるテクノロジーによって、一気に打破する成功が、彼等のドイツ人としてのアイデンティティを覚醒させたように思う。「Autobahn(アウトバーン)」のジャケットのむさ苦しい若者から、次作の「Radioactivity (放射脳)」では、髪はスッキリし、全員スーツに身を包んだ上級「テクノクラート」として再定義される。さらにタイトル画像の「Trans Europe Express(ヨーロッパ特急)」では、その姿は誇らしげなものとなり、ゲルマン的な優位性を主張するという戦後のタブーへの挑戦ですらあるように見える。デビッド・ボウイが『Heroes』のアルバムでクラフトワークへのオマージュとした曲のタイトルが、第二次大戦でドイツ軍が開発した初の大陸間弾道ミサイル「V2」から取った『V2 Schneider』だったのは単なる偶然ではないだろう。

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(左)Autobahnの裏ジャケット(右)Radioactivityの内袋。このアルバムからリズムの核となるKarl Bartos(右から二人目)が参加。

グローバル盤とドイツローカル盤の分離 - 肉感的なドイツ語盤

同時に英語グローバルとドイツ語ローカルを分離する対応が進められる。「Radioactivity (放射脳)」では、曲により英語だったり、ドイツ語だったり、あるいは英語、ドイツ語を交互に歌っているが、「Trans Europe Express(ヨーロッパ特急)」からは英語によるグローバル盤と、ドイツ語ローカル盤「Trans Europa Express」が別々に制作されることになり、これは「 The MIX」まで続く。「Radioactivity (放射脳)」以降は歌詞の比重が高まり、歌物が増加することとも関係している。

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英語版とドイツ語版を聴き比べると歌い方に顕著が違いがある。英語盤はいかにも無機質なロボットスタイルだが、ドイツ語版盤は対照的に肉感的で、時には煽動的ですらある。 『Schaufensterpuppen(Show room Dummies)』を聴くと、このリズムがドイツ語のアクセントにいかに合致しているのかが分かる。「しょう、る〜む、だみ〜ず」ではなく「しゃうふぇんたぁ〜ぽっぺん」というリズムなのだ。この違いは大きくて、曲の印象がもっとヘビィなものになってくる。

この差は次回作「Compuerworld(Computerweld)」でも顕著で、ドイツ語盤の印象はまったく別物といってもいい。クラフトワークはドイツ語盤で聴かないと、その本質に辿り着けない気がする。

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「Compuerworld(Computerweld)」のカバーと内袋。このアルバムで「エリート テクノクラート主義的」なビジュアルスタイル戦略は完成していく。

カール・バルトスによるリズムの強化

クラフトワークの成功には「Radioactivity (放射脳)」からリズム面の強化として参加したカール・バルトス(Karl Bartos )に触れないわけにいかない。このアルバム以降の成功は彼に負うところが大きいと個人的には考えている。

先にも触れたようにドイツ語的なアクセントをリズムに含ませることで、独自の強烈なビートを生み出している。彼なしに『Schaufensterpuppen(Show room Dummies)』のリズム、『Trans Europa Express - Metall auf Metal』のハンマービートは生み出されなかっただろうし、『Man Machine(Die Mensch-Maschine)』 の奇想天外なビートと歌のメロディにも大きな影響をもたらしているだろう。彼の最終作となる「Electric Cafe」では楽曲の制作メンバーにも正式にクレジットされるまでになったが、ツアーを終えたところで脱退となる。

過去の再生産になってしまったKraftwerk

カール・バルトスが抜けた後のクラフトワークは、3Dのビジュアルをバックに演奏するなど話題性のあるショーを続けてはいるが、結局、古いマテリアルをリメイクした再生産にしか過ぎず、その演奏に80年代〜90年台初頭のあのビートやリズムは失われてしまった。

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もとかく、「Trans Europe Express」は、クラフトワークにとってだけでなく、非ロック的なアンサンブルで新たな地平を切り拓いた、20世紀のロックにおける大きなイノベーションだったことは間違いない。その影響は今日まで続いている。


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