著者はカナダ出身の統計を専門とする大学教授。人は「運」とか「宿命」「虫の知らせ」「業(カルマ)」「言霊」「神が与えた試練」などと、自分やその周りで起きたことに何らかの関連性を見出そうとしがちがだが、著者はその統計と確率論でそれを切り離していく。実は世の中で起きていることのほとんどは、単なる偶然にしか過ぎない。オリジナルタイトルは『KNOCK ON WOOD - Luck, Chance and Meaning of Everything - (災いがありませんせように - 幸運、チャンスと全ての意味)』。
著者が指摘するように、そもそも自分は社会的に恵まれた国で生まれ、十分な教育を受ける機会があり、仕事があり、安心して生活できるが、もし、そうでない場所、例えばシリアやスーダンで生まれていたら全く違った困難な人生となったことだろう。どこで自分が生まれるか、ということそのものがどうにも計画できることではない。全くの運でしかない。
「夢に見たことが実際におきた!」ということもある。でも、夢で見ても起きなかったことの方がもっと沢山あるに違いない。でもそれは記憶から忘れ去られている。古い友達に偶然出会ったりするのも、そこに特別な意味はない。偶然なだけ。
世の中を正しく理解するには、統計や確率の視点から見ることは今とても重要なことになりつつあるのではないか。既存のメディアであれ、ソーシャルメディアであれ、あまりに注目を集めたいだけ、自らの意見を正当化したいだけに歪めた情報が溢れている。一つの極端な事象で全体を語ろうとしたり、数値的に小さな差異をグラフの操作や数値の操作でさも大きな出来事のように見せようしてはいないか。
なので、以下の点に注意する必要がある。
- それは本当に広い範囲で起きていることなのか
- その数値的な差異は本当に有効なのか
- 元となる数値は幅広く、偏向なく集められているか
- それは再検証(再実験)しても同じ値や結果を得ることができるのか
それに注意しないと間違った意見に誘導されたり、損失を被ったり、命まで危険になる。
例えば、日本でも、あるキノコのエキスを飲むと癌が治るというのがあった(主要新聞に堂々と大きな記事広告が掲載されていた)。そのエキスはすごく高額で販売され、『愛飲者』の「癌から奇跡の生還」話が盛り込まれていた。
もしかしたら本当に癌が治癒した人がいたかもしれないが、それは偶然にしか過ぎない。エキスを飲んだ患者全員の生存率がどうだったかは当然公開されていない。もし、その広告を信じてキノコのエキスを飲んで、治療を止めてしまったらどうなるか? お金を散財したあげく残酷な結果になることはほぼ確実だろう。
人生における成功や失敗にも運や偶然がつきまとう。運や偶然を正しく理解することは、自分を正しく評価できるだけでなく、他者を正しく評価できることにもつながる。
それは、
- 偶然がもたらすもので避けることができないこと
- 自分が努力することで変えることができること
の違いを正しく理解すること。目的のために努力したり勉強したりすることは自分のチカラで変えることができること。事故に遭う確率を減らすために無茶な運転はしないこともそう。病気にならないように運動をして健康的な食生活をすることもそうだろう。
ただ偶然と運は厳しい。それはもうどうにもできない。著者が指摘するように、宝くじに当選する確率よりも、宝くじを買いに行く途中で事故に遭う確率の方が高い。
それでも大事なことは、統計や確率の視点から見れば、身の回りの世界をありのままの形で考えることができるし、もっとロジカルな思考で優れた判断ができるようになる。よりよき世界は、その先にあるのだと思う。
本書は、分かりやすい事例を元に、よりよい判断ができるように導く良書といっていいだろう。

- 作者:ジェフリー S ローゼンタール
- 発売日: 2021/01/21
- メディア: Kindle版