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本多重夫の音楽、オーディオ、アートなどについてのプライベートブログ

芸術の意味(The meaning of art)/ハーバード・リード - 「感情」を表現し「理解」を伝えること

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古い書籍なのだが、ヘンリー・ムーアの彫刻が表紙の「芸術の意味」というちょっと大袈裟なタイトルのついたこの本が気になったので手に入れて読んでみた。

著者のハーバード・リードは英国人で、本国では1931年の出版。BBCの雑誌に連載していた造形芸術論の連載を元にしている。人類の祖先が洞窟に壁に描いた狩の絵からシュールレアリズムまで、広範囲の美術を独自の視点で取り上げて論評する。それはアーティスト、宗教、作品、鑑賞者の関係や社会性までを網羅する。

本書は日本では1957年に瀧口修造の翻訳で出版されている。一般向けに芸術の意味を解説した本としてはユニークな存在で、国内でも長く重版され、僕がAmazonのマーケットプレイスで入手したものは1979年の15刷版だった。残念なことに1990年を最後に現在は品切れ状態になっている。おそらく、当時は問題とされなかった差別的な表現が含まれていることも一因だろう。

読む前はインテリ評論家が美術愛好家を啓蒙するような内容かと想像していたが、それとは少し違っていて、鑑賞者の側としてそれぞれの時代やアーティスト、作品をどう理解して向き合うのかという点と、そのアーティストがその時代において、どうあろうとしたのか、あるいは時代を超えた類似性など示唆に富んでいる。

芸術の真の機能は「感情」を表現し「理解」を伝えること

著者は、あらゆる造形芸術はアーティストの「絶え間なく湧き出る感情」がその作品を形成するものであるという。

芸術の長所を認めることができないような批評は無益なものである。作品が描かれたその日そのままの新鮮さと魅力とを湛えているのは、この「絶え間なく湧き出る感情」のためなのである。

しかし、その「感情」を「感情」のまま伝えようとするのであれば、誰にでも理解できるメロドラマ的、感傷的なものにしか過ぎなくなると警告する。

芸術の真の機能は「感情」を表現し「理解」を伝えることである。我々はすでに感情の複雑な合成物で満たされている芸術作品に遭遇する。そして本当の芸術作品の中に発見するのはそうした感情の興奮ではなく、平和と休息と平静とである。

個人的には、『「感情」を表現し「理解」を伝えるため』に必要なことは、作品において「感情」は「抽象化」され、また「普遍的」なものとする試みが必要ではないかと思う。

古典であれ現代美術であれ、時間を経て残ったものにはそれがある。最近、気になるのは、「感情」を「感情」のまま表現しただけのレベルの作品のほうが分かりやすいので注目を集めやすいこと。それはプロパガンダであってアートではない。ヨーゼフ・ボイスもジャスパー・ジョーンズもそんなことは決してしなかった。

人とは何かへの問いかけ

20世紀の芸術は、より社会的になり「人とは何か」への問いを投げかけるようになった。シュールレアリズム運動を同時代のものとして見ていた著者はこう記述している。

人は時間の流れを漂う氷山のようなもので時々その一部が意識の上に浮かんでいるが、水中に沈んでいる自分の存在と広さをの幾分かを実現しようと試みる。シュールレアリストの目的は水中に沈んでいる存在の広さと特筆の幾分かを実現しようと試みることである。

そして、その試みは今も現在進行形なのかもしれない。

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造形芸術を取り巻く環境は大きく変化し世界的な金融緩和や株高による資金がアートシーンにも流れこみ、コレクターが増加したことでオークションでの価格が高騰している。またNFTのようにブロックチェーンテクノロジーと暗号化通貨による新しいマーケットも誕生している。

アートがビジネスとして成立することは基本的に歓迎すべきことなのだが(芸術家がゴッホのように極貧に窮することは美徳でない)、しかしそこには、作品が「感情」を表現し「理解」を伝えているのか、を問うことも忘れないでおきたい。

この90年前に書かれた「芸術の意味」から得たものは少なくなかった。


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