Sound & Silence

音楽、オーディオ、アートなどについてのプライベートブログ

スティーブ・レイシーとの対話 / ジェイソン・ワイス編 - 言葉で追う孤高のジャズミュージシャンの生涯

スティーブ・レイシー(Steve Lacy 1934 - 2004)は、ソプラノサックスの可能性を追求し続けたジャズ・ミュージシャン。生前は残念なことに、日本のジャズジャーナリズムでは、インプロバイザーとしての側面ばかりが強調され過ぎたところがある。まあ、時代的にやむを得なかった事情もあるのだろうが。僕が初めて買った彼のアルバムはESPからリリースされていた『The forest and the zoo』(1967)だったが、これが苦闘の南米時代の作品であることは本書で初めて知った。

読み応えのあるオーラルヒストリー - 戦うとは

本書は1959年から2004年までの膨大なインタビュー記事をまとめたもので、彼自身の言葉でジャズと音楽、作曲家、演奏家としてのあり方が語られいく。どのインタビューにも誠実に答えているのは、彼の真摯な人柄なのだろう。それに若い時代から晩年まで共通しているのは、自分の音楽や周りの状況を非常に明晰に理解し、考察していること。なので、彼自身の音楽や行動の全てが彼に考えや意志に基づいていて、それが失敗であったとしても、何かしら時代や状況に流された結果ではない。よくスティーブ・レイシーを語る時に「戦う」とい言葉が用いられることが多いが、彼が戦っていたのは、他者に対してではなく「自分の意志を貫く」ということだったのが本書でよく理解できた。

即興演奏は、それだけでは限界がある

全くのフリーな即興演奏というのは、ぎりぎりのエッジの部分に立つということなのだが、100%フリーな即興演奏を延々と繰り返すだけでは到達できない場所がある。作曲されたもの(制約のあるもの)から解き放たれる瞬間にこそ即興演奏の本質がある、と彼は言う。

それは、フリーの誕生からポストフリーを経て、ヨーロッパではMusica Electronica Vivaという楽器が弾けない素人を含む即興演奏への参加などを経て、完全な即興はどこにも到達しないという虚無感のようなものがあった。ただ、それは全ての即興演奏を否定するものではなく、ソロでのインプロビゼーションは、プレッシャーも大きいが得られるものも大きいとも言う。

彼一人のソロでのインプロビゼーションとデュオを聴き比べるとわかる。

ソロのインプロビゼーション

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英国のギタリスト、デレク・ベイリーとのデュオでは、即興演奏しか行わないデレク・ベイリーとの演奏の違いがはっきりしている。

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本書にはデレク ベイリーによるインタビューがあり、そこでも語られる。

『インプロビゼーションとは「ぎりぎりの場所(エッジ)」に対処すべきものです。常に未知の世界の崖っぷちにいること、そこへ飛び込む準備をしている状態のことです。インプロビゼーションとは未知の世界に飛び込んでいくことなのです。その跳躍を通じて何かを見つけられたなら、それには他のいかなる方法でも決して見いだせない価値があると私は思っています。ですが、私は準備可能なものにも深く関わっています。私が書く曲はその「エッジ」まで安全に行くためのものです。』

楽器をねじ伏せるように、自分のものにしなければならない

1950年代初めに16歳のスティーブ・レイシーが手にしたのは、当時ほとんど演奏家のいないソプラノサックスという楽器だった。それから、亡くなるまで、彼はソプラノサックスのみで自分の音楽世界を構築していく。彼曰く、ソプラノサックスは、完璧に吹きこなすには鍛錬が要求される楽器で、例えばピッチを安定させるためには、音階によって吹き込む空気量を変える必要があったり、マウスピースの管理の難しさなどがあるらしい。ただ、彼がソプラノサックスを一躍メインストリームの楽器にしたことは間違いなく、もし、レイシーの演奏がなかったら、ジョン・コルトレーンがソプラノを吹くことはなかっただろう。

スティーブ・レイシーがよく練習をすることは知られているが、ただ吹くのではなくて、時に楽器をねじ伏せるように暴力的に取り組まなければならないと言う。それは、若い時代に友人だったフリージャズピアニストのセシル テイラーからの影響だったようだ。つまり楽器を壊れる限界まで弾きこなすことで、その楽器からどんな音が出せるのか、普通では出ないような音をどうやって出すのか、その表現の幅を広げるための格闘なのだ。そうしたことを通じて楽器をようやく自分のものにできると。

なので彼のレコードやCDを聴くと、同じ楽器を吹いているとは思えないような音色の違いがある。息を吹き込む量を微妙にコントロールして、1台のソプラノサックスから無限の音色を引き出している。

アメリカへの幻滅とヨーロッパでの奮闘

スティーブ・レイシーは1950年代から60年代初めをニューヨークで過ごしたあとパリへと渡欧し、長くとどまることになる。60年代前半のニューヨークではフリージャズのムーブメントが繰り広げられたが、それが多くの聴衆に好意的に迎えられたかというとそうではなく、活動の場が限られたこともあり、スティーブ・レイシーだけでなく、ドルフィーやAACM、ドン・チェリーなど多くの進歩派のミュージシャンはヨーロッパへ向かっている。

ただ、ヨーロッパにおいてもいきなり成功できたわけでなく、スティーブ・レイシー曰く、それは忍耐のいる活動を続けながら、音楽ジャーナリズムやオーディンスの理解を得ていく必要があった。ただ、フランスで再婚することなる歌手のイレーヌ・エイビと出会ったことは彼のその後の人生に大きく影響する。ただ、歌手といってもいわゆる妖艶な女性ジャズシンガーではなく、ブレヒト=ワイルの曲を歌う人というか、ロックでいうならダグマー・クラウゼ的な存在。

ちなみに、スティーブ・レイシーはフランス語が堪能なだけでなく、イタリア語も流暢に話せる(本人は否定するだろうが)インテリで、本書の多くのインタビューはフランス語で行われている。

www.youtube.com (イタリアでのTVインタビューと演奏)

ニューヨークからパリに拠点を移し長く留まるが、癌が見つかって亡くなる数年前には、教鞭を取るために米国に戻ることになる。

言葉は音楽の重要な要素である

日本のジャズジャーナリズムでは、イレーヌ・エイビの存在やスティーブレイシーが彼女と作ってきた歌ものはほとんど無視されてきた。ただ、「作曲家」レイシーにとっては言葉と音楽を結びつけることは重要なことで、まず老子のテキストを元にした歌曲が作られ、後にウイリアム・バロウズの盟友だったブリオン・ガイシンの詩による連作が作られる。

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実際、かなりの時間とエネルギーが、この「言葉とジャズ」の分野に投入されている。

セロニアス・モンクのこと

スティーブ・レイシーが最も評価し、影響を受け、そして若き日にそのグループにも参加していたのがセロニアス・モンク。インタビューでもセロニアス・モンクについて多く語られている。セロニアス モンクは1950年代末の当時において(今聴いても)進歩派のジャズミュージシャンで、彼にしかできない一聴して分けるユニークな音楽を生み出している。

そのモンクもスーツケースいっぱいの手書きのスコアを持ち歩き、メンバーに細かい指示を出す一方で、自由なパートではインプロビゼーションを追求した。制限のある作曲された部分があるからこそ、そこからの「解放」のエネルギーでより高い次元の演奏を目指す。こうしたアプローチにレイシーは大きな影響を与えているのだろう。「制約と解放」。そして自由に試すことが奨励される。

レイシーはセロニアス・モンクの楽曲だけを演奏するグループを長く組み(あまり商業的的に成功しなくても)、続けていた。レコーディングも数枚残している。どれも、モンクのユニークさとレイシーのその音楽への真摯なアプローチが感じられるもので、地味だが一聴に値する。特にソプラノサックスの表現の限界を試すかのようなところがあり、もはやメロディでもない、「ピーッ」とか「スー、シューッ」という楽器から漏れる空気音だけの演奏にはある意味、胸を打つものがある。血が滲むような厳しい練習を自らに課した者そういう音で演奏するのだから。

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スティーブ・レイシーという生き方

本書を読み終わって浮かび上がってくるには、日本に限らずジャーナリズムの無理解やレコード会社との確執、それでも何かに突き動かされるように、晩年になっても練習を続け、自分の音楽をやむことなく追求し続ける姿勢。音楽に対してだけでなく、何に対しても謙虚な姿勢を貫いて、アーティストやスターを気取ることは一切ない。

それを単に「ストイック」と表現してしまうと、あまりには大切なことが抜け落ちてしまうように感じる。別に彼はスピリチュアルな仙人ではなく、作品や演奏を通して「今・ここ」にしか存在しない音楽のリアルを追求しつづける探求者だったのではないか。

画質は悪いが、この4分と少しの演奏の映像では、彼が何かに向かってソプラノサックスで何かを語りかけるような演奏をしている。それは彼には見えているのかもしれないし、僕があまりにも盲目なのかもしれない。

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Four Classic Albums

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