Sound & Silence

本多重夫の音楽、オーディオ、アートなどについてのプライベートブログ

Pink Floyd / A Momentary Lapse of Reason(2019年 リミックス版) - ノスタルジーから逃れて

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最近は旧譜のリマスターも一巡したのか、リミックスブームがロックやジャズのジャンルを問わず続いている。同じアルバムを何回リリースできるかギネス記録を目指しているような往年のグループの作品もあったりするほど。僕は基本的に「リミックス」ものは買わない。特にアルバムのメンバーでも当事者でもない者がリミックスに関わったものは避けている。どの音も均等に扱われていて、演奏の細部まで極めて明瞭になっているのだが、元のアルバムが持っていた音楽的なダイナミズムが失われてしまっているケースが少なくないように感じるから。影で支えていた音まで目立って聞こえる必要はないでは。ヘッドフォンで音楽を聴く人は音数が増えて陶酔間が増すのだろうか? それは僕が、4Kとか8Kの映像にウンザリしてしまうことに通じているのかもしれない。すべてがあからさま過ぎて鮮明なのにツクリものであることが明らかで興醒めしてしまうのだ。

このアルバムを買おうと思った理由

もちろん好きなアルバムなのだけど、このPink Floydの『A Momentary Lapse of Reason』のリミックス版アナログ盤を予約までして買おうと思ったのはいつくか理由がある。

持っている日本盤の音が悪い:当時CBSソニー時代のPink Floydのアルバムはどれも音が不鮮明でレンジが狭い気がする。同じアルバムでも同社のMaster Soundシリーズになると格段に良くなるのでレギュラー盤だけの問題かもしれない。

単なるリミックスではなく再構成されている:今回のリリースにあたり、プロデューサーのBob Ezrinなどが弾いていたキーボードパートの一部がRick Writeの演奏に差し替えられて「よりフロイドらしさ」が期待できそう。ドラムも部分的にNick Masonが再録している。

第三者が関与していない:このリミックスのプロデュースはDavid Guilmoreと当時の録音エンジニアだった Andy Jacksonの二人で行われていて第三者が関与していない。

45回転・2枚組:オーディオ的には元のアルバムが45回転2枚組になったことで高音質が期待できそう。

入手困難となるリスク:最近アナログレコードのプレスが増えていることと、売れ残りがでるのを避けるためプレス枚数が以前ように多くなく、出た時に買っておかないと後からだと中古でもプレミアム価格になってしまう危険がある。レコードの原材料のビニールの価格も高騰しているので今後はレコードはさらに高くなりそう。

2019年版:A Momentary Lapse of Reason - ルネサンス絵画の修復作業のようなリミックス

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元の『A Momentary Lapse of Reason』は法的闘争やいろんな経緯があって、Roger Waters抜きのPink Floyd名義のアルバムとしてとして制作されて1987年にリリースされたもので、プロデュースはDavid GilmoreとBob Ezrin。Bob Ezrinはドラマチックなアルバムの制作に長けたプロデューサーで、商業的には成功しなかったが Lou Reedの『Berlin』は彼の代表作と思う。

Roger Watersのパラノイア的妄想の最初の爆発だった『The Wall』の共同プロデューサーとしてBob Ezrinがいなければ、あのアルバムはバンドもろとも空中分解していたことだろう。その後もGilmoreの2枚目のソロとなる『About The Face』のプロデュースも行い、その流れでこの『A Momentary Lapse of Reason』も見事にまとめ上げている。

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今回のリミックスでもBob Ezrinの施したサウンドバランスやアルバム全体を覆う雰囲気はそのままで、いかにも「リミックスしました!」という派手さはなく、まるでルネサンス期の絵画の修復作業のように、元のサウンドやコンセプトに忠実に、丁寧に作業された印象がある。

1987年盤は、その時代のサウンドに合わせた処理がされていて、ボーカルのイコライジングが強めで、ドラムもゲートが効いた「ドスっ、バスっ」といったエレクトリックドラムみたいな音だった(実際に一部はドラムマシンを使用したらしい)が、2019年リミックスでは、ドラムの再録音を含めより自然な音になっている。ボーカルが必要以上に前面に出るこはなく、演奏とも絶妙がバランスが保たれている。

音質的には低音が厚い、大きなピラミッド型のサウンドステージ。Pink Floydらしいというか、Wish You Were Here - Shine On You Crazy Diamond時代を彷彿とされる。

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アナログ盤なのでブックレットも豪華でサイズが大きく見応えがある。ただアルバカバー右上の大きなライトプレーンはなかった方が好みかも。オリジナルでは遠くに小さく写ってたのが手前に来た、という意図かもしれないが、それよりも空を広くとって波とベッドだけのシーンがこのアルバムには合っている気がする。

音楽的にもオーディオ的にも優秀なリミックス

45回転・2枚組となったことでオーディオ的にはいかにもアナログ盤らしい、抑揚のあるダイナミックなサウンドになっている。以前の日本盤での不満は解消。何度でも繰り返し聴きたくなるほどいい。

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このアルバムでは特に「Yet Another Movie」から「A New Machine PT2」までの小曲が組み合わせから「Sorrow」のクライマックスまでの流れが素晴らしく、2枚組では「Yet Another Movie」から「A New Machine PT2」が第3面に、最終面は分厚いサウンドの「Sorrow」1曲のみ、という大胆なカッティングになっている。

拙宅だとストレートアーム付いたV-15 TypeVのカートリッジでオーディオ的にクリアなサウンドを楽しむのもいいのだが、音楽的にはS字アームに付けたV-15 Type3の初期型の密度のある音で聴いたほうが、陰りのある世界が迫ってくる。

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何度も繰り返して聴いて、やはりこのアルバムは「Sorrow」につきる。それは当時も今も変わらない。その感覚はずっと続いている。ノスタルジーではなく、リアルなものとして。

一晩中、風が吹いている
埃が目に入り、何も見えない
破られた約束よりも、沈黙が大声を上げる


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