Sound & Silence

本多重夫の音楽、オーディオ、アートなどについてのプライベートブログ

Amaryllis & Belladonna / Mary Halvorson - パンデミック渦で花開いた音楽

また少しレコードを買いはじめて、その一つが少し前から欲しかったフリージャズギタリストのMary Halvorsonの(アナログでは)2枚組のアルバム『Amaryllis & Belladonna』をようやく手に入れた。新譜のアナログ盤でも買い時を逃すと、次のチャンスはなかなかやってこないことを痛感させられた。

Mary Halvorson(1980-)は、マサチューセッツ出身の米国フリージャズギタリストだが、いわゆるバリバリのフリーフォームのインプロバイザーではなく、アンサンブル型のきちっと作曲されたパートとフリーな部分が明確に分かれているコンポーザータイプとも言えそうで、そのバランス感覚が絶妙。

本人の風貌はメガネをかけたオタク少女風で、ミュージシャンというよりも図書館の司書や書店の店員のように見える、飾り気のない普段着なところが魅力なのかもしれない。それは、75 Dollar Billのメンバーとも共通している。彼らの音楽が一風変わっているものでも、その日常の中に存在し続けていることを象徴しているのだろう。

パンデミック禍で何をしていたかの違い

レコードでは、Amaryllis & BelladonnaとしてセットにされているがCDやストリーミング配信では『Amaryllis』『Belladonna』の別のアルバムになっている。本人曰く、「パンデミック禍でライブやツアーが全てキャンセルになったことはショックだったが、普段できない時間をかけることをするには絶好のチャンスと考えて取り組んだのが本作。特に弦楽四重奏とのアンサンブルは、どうやって書くかを学びながらの作曲だったが、『Amaryllis』では部分的に、『Belladonna』では全曲を弦楽四重奏とギターの作品として完成することができた。」と語っている。

パンデミックは完全に終わったわけではないが、それ以前と同じようでいて少し違った生活が始まった今、この2年間以上をどう過ごしていたかでずいぶん違いがあるように感じる。自分がどうありたいのかを考え続けることは、その後にとって大きな違いをもたらす。

『Amaryllis』- 緻密な作品だが、ダイナミズムに富む

『Amaryllis』は、オープニングナンバーの『Night Shift(夜勤)』からテンションの高いハードな展開で、そこに彼女のスペーシなエフェクターをかけたギターが覆っていく。ちょっとこれまでの彼女のアルバムではなかった展開を最初から聴かせてくる。

濃厚なジャズフリーリングに、アブストラクトなアンサンブル。このアルバムのカラフルな水彩による抽象画のイメージそのままの音楽。メンバーではPatricia Brennanのヴィブラフォンのプレイがいい。まるでEric Dolphyの『Iron Man』に通じるようなところがある。従来のMary Halvorsonの作品は緻密だけとちょっとクールというか淡白なところがあったが、今回はずっと肉感的で熱量が高い。

レコードだと『Side Effect(副作用)』以降はB面になるが、この曲は導入部からMovis Quartetの弦楽四重奏がフィーチャーされており、1960年代にはじめにあったサードストリームミュージックっぽいアプローチをみせている。Mary Halvorsonは、作曲家しての側面が強いと書いたが、彼女の自身のギターがいつも前面にあることはなく、アンサンブルの一員に徹するところでは、他のメンバーをしっかり支えている。

『Belladonna』- 弦楽四重奏と一体になったエモーショナルなプレイ

もう一枚の『Belladonna(美女)』は、Mary Halvorsonの作曲家としての力量が発揮された弦楽四重奏とギターによる作品。共演しているMovis Quartetは、2008年に結成された現代音楽を得意とする弦楽四重奏団。

こういう作品の場合、弦楽四重奏団をギターのバックとして扱う、または弦楽四重奏団とギターを対比させるというアプローチがあるが、彼女の場合は弦楽四重奏団とギターのアンサンブルを一体化するアプローチをとっている。

音楽的には所謂、12音技法、ヴェーベルン的なアバンギャルドでなく、かといってミニマル風に溺れるのでもなく、むしろショスタッコーヴィッチ的なところがあり、特に第2楽章の『Moonburn』で聴かせるエモーショナルな演奏は、それを強く感じさせる。初作品らしいフレッシュな感覚としっかりした構成と演奏が見事に同居している。

優れた作品がそうであるように、繰り返し聴くたびに新しいサウンドスケープを見せてくれる。

ストリーミングも悪くないが、レコードで聴く体験は別格

本作がリリースされてから、ずっとストリーミングで聴いていて、それはそれで悪くはないのだが、こうやってレコードで聴くとその音楽をよりリアルに感じられる。音質的なことよりも、より音楽に近づけるリアルなフィーリングがある。

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こういう書き方はよくないかもしれないが、ロックでも、アバンギャルドでも、エレクトロでも、インテリジェンスを装った「それっぽく洗練された作品」が溢れている。別にそれらを否定するつもりはないが、僕が聴き手としての喜びを感じるのは、表現された形が多少無骨であっても真摯に自分の音楽への探究を続ける人が創り出す音楽に触れることにある。

聴き手を揺さぶり、共振させることができるのは、そういう音楽ではないかと思う。だからこのアルバムを繰り返し聴きたくなる。


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