Sound & Silence

本多重夫の音楽、オーディオ、アートなどについてのプライベートブログ

Waterworks 2023: Festival of Experimental Sound - エクスペリメンタルミュージックの豊かな音世界

YouTubeにはいろんな音楽イベントのアーカイブがあって面白い。特に日本では知る術もないマイナーでエクスペリメンタルなアーティストを集めたイベントを見ることができるのは嬉しい。そんな中で最近見たのが、この「Waterworks 2023 – A Festival of Experimental Sound」として今年の4月に開催されたイベントのアーカイブ映像。主催はNon-Eventという団体で、ボストンをベースにアヴァンギャルド、エクスペリメンタル、インプロビゼーションのアーティストをフィーチャーしている。

ラップトップPCとモジュラーシンセが大きな役割を果たす

一連のパフォーマンスを見て強く感じるのは、ラップトップPCとモジュラーシンセがこうした音楽で果たしている役割の大きさ。それこそ、クセナキスやシュトックハウゼンが作曲していた50年前にこうした音楽を演るには、専用の設備を備えた『電子音楽スタジオ』が必要だったが、現在ではどこへでも持ち運べるラップトップPCが一台あれば、一人で作曲もインプロビゼーションもライブパフォーマンスもできてしまう。こうした制作、演奏設備の進化が、アヴァンギャルド、エクスペリメンタルミュージックの普及やオーディエンスの理解の広がりに大きく貢献していることは間違いない。

Claire Rousay - 音による私小説的風景

このイベントに登場するアーティストは、いずれも僕は初めて聴くものばかり。このClaire Rousayはロスアンゼルスを拠点にするアーティストでは、以前はジャズのフリーインプロビゼーションでドラムをやっていたこともあるようだ。このパフォーマンスは一聴してわかるように、言葉やオブジェの音と、ライブで演奏するギターとボーカルが絡み合う私小説風でインティメイトでありながら、危ういところがある音空間を作り出している。耳あたりが優しそうでありながら、傷付けること躊躇しない危うさの存在が、Throbbing Gristel のメンバーだった、Cosey Fanni Tuttiを思い出させるところがある。

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clairerousay.bandcamp.com

Charmaine Lee - 声だけによる無限の音空間

Charmaine Leeは、オーストラリア出身でニューヨーク在住のボイスパフォーマンスアーティスト。自身の声とマイク操作、リアルタイムサンプリング、エフェクターを駆使してのパフォーマンス。これを聴いて思い出すのは、1960年代のルチアノ・ベリオがローマの電子音楽スタジオでソプラノのキャシー・バーバリアンを声を処理した作品。それは、「声」と「音響処理」が別々の時間軸で行われているが、Charmaine Leeのパフォーマンスは全てが同時にリアルタイムで、しかも本人によってエフェクト処理される。そうしたダイナミックなフィードバックシステムとなっていることで、非常にカラフルで多面的で豊かな表現を生み出している。
それに彼女が着ているAlbert AylerのTシャツがいい。彼女の全身全霊でのパフォーマンスのスピリッツはAlbert Aylerの系譜そのもの。僕にとっては、このイベントのベストパフォーマンスのひとつ。

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charmainelee.bandcamp.com

Asha Tamirisa - ゆっくりと変容するサウンドスケープ

Asha Tamirisaは、コンピューターミュージックとマルチメディアのPh.D.というアカデミックなバックグラウンドがあり、実際に彼女の音楽にもそれが表れている。おそらくPCには準備されたドローンサウンドがあり、デスクの両側に置かれたタムとシンバルをリモートコントロールで叩き、その音のフィードバックもPCに取り込んで曲が変容していくのだろう。止まっているかのようにゆっくりとした変化でありながら、その音の中に入り込むと周りの風景が変わっていくのを感じる。こうして聴いていくと、いかにもアカデミックな抽象度の高い作品で、非アカデミックなものとの違いが明らかになってくる。

Asha Tamirisaのようなアカデミックな作曲家は「芸術としての音楽」という方向なのに対して、Claire Rousayの非アカデミックな音楽は「私が感じたこと」「私の音」というのが先にある。「芸術としての音楽」は作品として自立した存在、一種の音の構築物であることを是とするのに対し、大衆的なものは、作曲家、パフォーマーと作品が分かち難く強く結びつき、それを分離してしまうと、それはもう作品として成り立たなくなってしまう。まあ、それは優劣の問題ではないのだが。

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Joseph Bastardo - 心地よいエレクトロニックサウンドスケープ

Joseph Bastardoは、Bastian Void名義でも活動しているミュージシャン。ここではモジュラーシンセとラップトップでのインプロビゼーションパフォーマンス。ここまでの中では一番わかりやすく、耳にも優しいミニマリスティックなパフォーマンス。ひょっとしたら、このイベントの中で「箸休め」的な存在だったのかもしれない。とはいっても、安易なダンスミュージックではく、インテリジェントで質の高いパフォーマンス。bandcampでもいくつかアルバムを聴くことができるが、新しい世代のKlaus Schulzeといった趣もある。

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Rhea Burdick - ここにはなく、そこにもない、架空のノスタルジア

コンピューターなし、エフェクターもなし、バイオリン1本と歌のみ。Rhea Burdickはボストンを拠点とするバイオリニストで、バイオリン製作者、作曲家でもある。ジャンルとしてはエクスペリメンタル フォークミュージック(今や何でもエクスペリメンタル!)になるらしい。フォークというか、トラッドをもとにして、本来は人なつっこい素朴なメロディを変容させていく。

このパフォーマンスでは、最初はいかにもトラッドらしいメロディが愛らしくはにかむように始まっていくが、その音楽の強度が増し、彼女の歌声が加わり、何かを暴き出すような激しさに達しながら、果てたように終わりを迎える。演奏後のバイオリンの弓の毛の切れた束が、それを物語っている。 生身の演奏の凄みを感じさせる。このイベントで僕にとってのベストパフォーマンス。

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Bandcampでも数枚のアルバムを聴くことができる。これがいずれもロウファイで素晴らしい。 rhebird.bandcamp.com

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冒頭でも触れたが、テクノロジーの進化が、こうしたエクスペリメンタルな音楽やパフォーマンスへの敷居を下げたことは間違いない。以前は一部の特権的な環境にアクセスできる人たちだけのものだったものが、誰にでもチャレンジできるものとなったことは歓迎すべきことだと思う。だた、そうしたことに「大量の悪貨は良貨を駆逐する」と懸念を示す人たちも存在する。しかし、20世紀の現代音楽、実験音楽が、聴衆とは離れた場所で発展を遂げ過ぎたという事実もある。

今、試されているのは、パフォーマンスする側だでなく、オーディエンスもまた試されているのではないだろうか。つまり聴き手の質も問われている気がする。


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